第6章 魔女モルガナの前髪

 

 

 

オルランドはファレリーナとともに、たくさんの囚人が捕らえられているという橋に向けて進んでいた。

その途中、彼らはその橋以上に危険な場所に到達した。その場所とは、湖に掛かっているまた別の橋で、凶悪な戦士がリナルドを打ち負かした場所である(21章参照)。

この場が視界に入ると、魔女ファレリーナは顔を真っ青にしてこの場に向かうことを決めた時間を罵り始めた。

そのうえで、オルランドに対して、モルガナの仕掛けた罠に近づいていることを説明した。モルガナは自分の魔術の多くと、彼女の財産および権力を台無しにした騎士への復讐を練っているのである。

 

この目的のため、彼女は湖を作ったのだ。この小道を守るためにアリダノという男が選ばれたのだが、彼はモルガナが探し出したもののうち、残酷で粗暴、冷酷な性格をしている男である。

モルガナは彼に対して決して壊れることない鎧を与え、相対する敵に対して6倍の割合で腕力が増すという魔法を掛けていた。

アリダノはそんな強さの他に、水中で自由に呼吸ができるという能力までもっていたから、これまでの間、彼と戦って逃げ出せたものは誰もいない。

彼と戦った騎士は、彼とともに湖の底に沈むのだが、アリダノはまた浮かび上がってくる。意気揚々と武具を頭に掲げながら。

 

ファレリーナが待ち受ける冒険の危険さを説明する間、オルランドは、アリダノによってトロフィーのように積み上げられた戦利品の中に、リナルドの武具があることに気がついた。

先日に争ったことも忘れ、オルランドは友の仇討ちを決意した。

こうして悪漢と騎士との間で必死の戦いが繰り広げられている間、ファレリーナは逃げ去ってしまった。

戦士たちは、リナルドがしたように組み打ちをして戦うが、一緒に水中に沈んでしまった。

湖の底に着くと、オルランドは自分が別の世界にいることに気が付いた。頭上に湖があるけれど、乾いた草地が広がって、太陽の光が差し込んでいる。そんな草地は水晶でできた壁で囲まれた場所に広がっている。

この場所で戦いが再開され、これまで誰もできなかったことだが、アリダノを相手に優勢に戦った。

偽りの力で不死身の体のアリダノであるが、オルランドはファレリーナが鍛えた、あのすべての魔法を無効にする剣、バリサルダを装備している。

この剣を使っていること、さらにオルランドの優れた技によって敵の強みを相殺していた。そしてオルランドは戦場において敵を殺してしまう幸運に恵まれた。

 

敵を殺してしまったオルランドは、水晶の壁に門がついていることに気がついた。そこから暗黒の迷路につながっていたけれど、ついに日の光と同じほどに明るいざくろ石の輝く場所にたどり着いた。

彼が見たところ、川は20ヤードを越えるには至らない程度であり皮の上には天を満たす星のように宝石で埋め尽くされた野原がある。

 

この上に橋がかかり、手のひらの半分ほどだけ空けて、各隅には鉄の棍棒を備えた像が配置されていた。

オルランドが通過しようとすると、すぐさま像が撃ちかかってきたため、オルランドは川の中に叩き込まれた。

だが、冒険をやり遂げなければ死ぬまでだ、と決意していたため、オルランドは川に投げ込まれても陸地に這い上がった。この陸地にも、妖精の宝物が含まれている。

 

彼は反対岸にたどり着くと、建物に入った。その建物は、パラディンを従えた王の像が、華美で壮大な王族に囲まれて住むかのようになっている。

王の像は晩餐の席についており、頭上には抜き身の剣が掛けられており、彼のテーブルの前には黄金でできた百合が燃え盛る石炭を下から支えている。この石炭が部屋に明りを灯していた。

王の左には牡鹿を射ようと弓を構えている男の像が立っている。そして右側には、王とそっくりで、その兄弟のような男の像がある。この像は片手に世俗的な趣味である絵を描いたものを持っている。

 

困ったような表情の王は、まさしくこの作品の題名を表すかのようである。

オルランドは好奇心を満たすと、入ってきたのと反対側にある扉を目指して進んだ。

ところが、彼が部屋を出るや否や、あたりが真っ暗になった。

 

手探りでしばらくさ迷った後、彼は王の像の前に燃え盛る石炭があることを思い出し、それを取りに先ほどの部屋に戻った。

だが、オルランドが石炭を手に入にすると、たちまち弓使いの像が矢を放ち、火を消してしまったため、再びあたりは闇に包まれた。

また、引き続いて世界の中心から揺れるような地震が、さらなる恐怖をもたらした。

そして、地震がやんでしまうと、再び火が灯り、もとのとおりになった。

そのため、オルランドは再び石炭を探すために暗い通路を戻らねばならず、また同じ目に合うのだった。

 

3度目の挑戦は、ようやく成功といえるものだった。

オルランドは矢を盾で防ぎ、安全に明りを持ち運んだのだ。

この明りをランプに使い、オルランドは分かれ道にたどり着いた。

建物から出ることになる右側の道を選ばずに、彼はモルガナの地下牢に続く左側の道を選んで進んだ。

この牢には、リナルド、ドゥトン、フロリマール、その他モルガナの魔力に敗れた者たちが収監されているのだ。だが、伯爵はすぐに彼らの元にたどり着けるわけではなかった。

明りを頼りに、彼は裂け目のある岩の場所にたどり着いた。その裂け目を通して、彼は花が咲き、果物や花をつけた木や、想像しうるすべての楽しみに満たされた平原にやってきた。

 

その平原の中心には泉があり、そばにはモルガナが眠っていた。彼女は愛らしい容貌をしていて、白と赤色でできた衣服を身につけている。また、彼女の額の部分にはふさふさと髪が生えているが、後頭部には髪が生えていない。

オルランドは彼女の美しさに魅了され、黙ったまま彼女の近くに立ち尽くしていると、「うまくやりたいのなら、妖精の前髪を掴め」という声を耳にした。

オルランドが振り返って声のするほうに向かおうとすると、モルガナによって水晶の中に閉じ込められた人間がいるのを発見した。

 

これを目にしたオルランドは、水晶を叩き壊すために剣を振りかぶった。だが、囚われの乙女は、モルガナが解放するのでなければ、彼女を解放しようとする試みは悲劇を生むだけであり、モルガナから鍵を引きずり出さなければならないことを注意した。

この注意を受けて、オルランドはふたたび泉の場所まで戻った。

このとき、すでに目覚めていた妖精は木の葉のように軽やかに泉の淵を踊り、以下の歌にステップをあわせていた。

 

――「この世で富と財宝を有する人間よ、

――名誉、喜び、国を、最高の物を求める者よ、

――即座に私の髪を握って捕まえなさい。

――私の額から生えている髪を掴んで、祝福を受けよ。

――短い瞬間の祝福を掴むまでの間、

――良き物が手元にあるのに我慢してはいけない。

――明日になってから、なくなった贈り物を探しても無駄なこと。

――惑わされた哀れな者には、悲しみが残るだろう」

 

伯爵に気がついた妖精は、すぐに飛び退くと、草原を逃げ去って荒れ果てた山の方に向かった。

イバラや岩石に邪魔されながらもオルランドは彼女を追いかける。また、彼女が飛んでいる空は天候が悪くなり、彼は嵐、稲妻、雹などによる攻撃を受けた。

 

オルランドが嵐にあいながらも追跡していくと、青白い顔色でやせぎすの女が洞窟から現れた。この女はオルランドに近寄ってくると、手にした鞭を使い、彼の肌に痕が残るまで叩いて苦しめた。

オルランドを苦しめた女は、「後悔」と名乗り、泉のそばで眠っているモルガナを見つけながらも、彼女を捕まえるのを怠ったことを糾弾した。

オルランドはこの懲罰に抵抗することを決意し、この拷問吏に食って掛かるが、手ごたえなく風を切るだけであった。

ようやく迫害者の影のような性質を理解すると、彼は絶望的な状況ながらもモルガナを追跡している途中であることを思い出し、「後悔」の嫌がらせを無視して妖精を追いかけることにした。

 

(※注 イタリアの伝説では、幸運の女神というのは前髪はあるけど後ろ髪はないそうです。幸運を掴みたければ、女神の顔を見た瞬間に正面から髪を掴まなくてはならなくて、すれ違ってから掴みかかろうとすればもう遅い。チャンスは逃がすな、という寓話的なものです)

 

モルガナを追いかけて岩や丘を越えていくうち、彼が掴みかかるのを避けようとするモルガナは、白や赤の衣服を剥ぎ取られていった。

そして妖精が一瞬だけ振り向いた機会を逃さず、オルランドは彼女の前髪を掴んだ。

その瞬間に嵐はやみ、空は穏やかになり、「後悔」は自分の洞穴に帰って行った。

 

オルランドがモルガナに牢獄の鍵を渡すように求めると、妖精は無関心なふうを装って、勝手にすればいい、と答えた。ただ、すべての囚人を解放してもかまわないが、最愛の若者、すなわちモノドンテの息子だけは彼女のために残しておいて欲しいと懇願した。

この条件に同意したオルランドに対し、妖精は扱いに注意するように言ってから銀の鍵を手渡した。というのも、鍵を壊してしまった場合、彼と皆に不可避的な破滅が訪れるからである。警告を受けた伯爵は、しばらくの間黙考し、熟慮の時間をとった。

 

「この婦人にしつこく求婚したもののうち、

 幸運の鍵の使い方を知っていた者はなんと少ないことだろう」

 

妖精の前髪をしっかりと掴んだまま、オルランドは牢獄を目指し進む。そして破滅を引き起こさずに鍵を使い、見事に囚人たちを解放した。

解放された者には橋のところでつかまったフロリマールやリナルド、その他の騎士たち、また洗礼を受けた者や異教徒などがいた。

みなが喜びに包まれている中、唯一悲しんでいたのはモルガナのお気に入り、モノドンテの息子のジランテ(Zillantes)だけであった。

この若者は泣きながらこの場に残った。著者はあらかじめ言っておくが、時がくれば、オルランドは妖精の懇願を聞き入れたことを後悔することになるのだ。

 

その他、牢獄から解放された者はオルランドともに長い階段を昇る。途中、あの宝物の場所にたどり着いた。ここは王や宮廷で見ることができる物、この世のすべての富でできていた。

この莫大な財宝を見つけたリナルドは、進路をふさいでいた黄金の椅子を持ち帰りたいという誘惑に耐え切ることができなかった。見たところ、この宝物は空腹に苦しむモントーバンの軍隊を養うだけの価値がある。

オルランドが文句を言ったのにもかかわらず、リナルドが宝を持って行こうとすると突風が門に向かう彼を押し戻し、元の場所に戻されてしまった。

ついにリナルドは仲間たちの懇願よりむしろ、必要に迫られて宝物を投げ捨てた。

こうして一行は別の果てしない階段を昇り、地上に出ることができた。見れば地上は自分たちの武器が飾られている。

 

それぞれに自分の武具を装備すると、パラディンとその仲間を除く者達は自分たちの任務と義務に従うために別れていった。

ここでドゥトンは従兄弟(※注 パラディンは基本的に従兄弟どうしの親戚)たちにたいし、自分はシャルルマーニュの使者としてキリスト教国の防衛のための帰還命令を君たちに伝える途中でモルガナに捕まったのだ、と言った。

オルランドはアンジェリカに夢中だったので、召還命令に従うことはできず、仲間のフロリマール(彼はパラディンでもなんでもない)と一緒にアルブッカに戻っていった。

リナルドとイロルド、プラシルドはドゥトンに従って、西を目指して進むことになった。

 

2010/08/13

 

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