42章第1話 悲劇のヒルデブラントが息子と再会すること

※訳者注 このページの話は、『ヒルデブラントの歌』に該当する部分です。
               原作自身が非常に短いので、興味があれば読んでみるといいかも。和訳はないけど英訳はあります。
               その英訳を訳そうとしたら著作権があってできなかったのです。ここにたどりつくまで長かったよ…。

ディートリッヒが亡命してから30と2年もの年月が流れていた。
しかし、その間、ディートリッヒは常にベルンに帰ることを望み続けていた。
ヒルデブラントもまたディートリッヒと悲しみ、そして望郷への希望を共有していた。
このとき、すでにヒルデブラントはかなりの老齢に達しており、もう100歳を超えているのではないか、とまで言われていた。
だが、ヒルデブラントの武勇は昔と比べて劣る様子もない。
彼は賢者として有名だったが、武勇にかけてもそれと同じくらい優れていたのである。

そんなディートリッヒはフン族の兵を率いてベルンを目指して遠征を開始した。
アメルングの地の国境付近にたどり着いたとき、敵方からハドゥブラントと名の男が剣を手に、ディートリッヒ軍に襲いかかっていた。
この時点で、既にディートリッヒの軍は戦陣を敷いていた。
だが、ディートリッヒは1人だけでベルンに帰還しなければならないことは、既に運命づけられていたのである。

さて、実際に両軍が戦いを始める前に、互いに勇敢な騎士が1名づつ前に出てきて一騎打ちを行うことになった。
両軍とも、高貴で恐れ知らずの騎士を選び出す。
ディートリッヒ軍の代表は老ヒルデブラントであり、敵軍の代表はハドゥブラントに決まった。
実は、このハドゥブラントはヒルデブラントの息子である。
しかし、父親がディートリッヒに付き従ってベルンを捨てたときにはまだ赤子であったため、目の前の老戦士が父親だとは気づかなかった。
親子は、あまりに長い間離れ離れになっていたのである。
そしてようやく再会したものの、互いに敵同士となってしまっていたのである。

事情を知らない親子は入念に鎧を身につける。
戦いに向かう彼らは馬に乗って鎖帷子に身を包み、剣を装備して前に進む。
ヘリブラントの息子のヒルデブラントは、充分な距離に近づくと相手の男に話しかけた。
ヒルデブラントは充分に年をとっており、聡明な男である。そんな彼は、ほんの少しだけ質問した。

「君の父親は誰で、君は誰の息子なのだね?
父親の名前がを聞けば、君の親類が分かる。
そうすれば君の身分もわかろうと言うもの。
なぜなら、私はこの王国で身分の高いもの全てを知っているからな」

ハドゥブラントは、
「ずいぶん前に死んでしまったと聞かされているが、父の名はヒルデブラントという老賢人だ。
そして、我が名はハドゥブラント。
父はディートリッヒとその騎士たちとともに東方へ亡命した。
そのさい、父は幼い私と母に何の蓄えも残さずに行ってしまったのだ。
そして、父が死んだからにはディートリッヒもには誰も頼るべき友人はいなくなった。
父も英雄で、エルマナリクを嫌っていたからな!
父は長年ディートリッヒに仕えており、また武勇優れた騎士として知られており、戦うことが大好きであったという」

ヒルデブラントはひどく動揺しながらも、
「イルミンの神よ、御覧下さい。
私はそなたとは戦いたくはない、なぜなら私はそなたの父親だからだ」

老戦士は喋りながらディートリッヒからもらった金の腕章をを外した。
そして金の腕章を息子に差し出して、

「ハドゥブラントよ、新愛の証としてこれをそなたにやろう」

だが、ハドゥブラントは腕章を受け取ろうとしなかった。
彼は、老戦士が自分を欺こうとしていると考えたのである。

「戦士は槍を交えた上で贈り物を受け取るものだ。
甘言を弄して私を騙そうとは、年を取っているだけに悪知恵がはたらくようだな。
早いうちに槍を捨ててしまえ。
お前は年を取りすぎているし、ずる賢いから詐欺師にでもなった方がいいだろう」

この言葉を、悲しみながらもヒルデブランドは首を振って否定した。

「東方のウェンデル海(※訳者注 地中海のこと)で戦争の情報を、船乗りたちが教えてくれたよ。
彼らが言うには、ヘリブラントの息子のヒルデブランドは確かに死んだそうだ」

「神よ、なんということだ! 我らになんという運命を与えなさるのか?」
と、ヒルデブラントは叫んだ。
「私は外国を放浪し、夏を30回、冬を30回過ごしてきた。
弓取りと何度も戦ってきたが、これで命を落すようなことはなかったのに…。
あぁ、まさか息子が私を剣か投げ槍で殺そうとしてくるなんて。
それが嫌なら、息子を殺さなければならないとは…」

それからしばらくの間、ヒルデブラントは息子をじっと見つめた。
すると、息子の持つ高貴さと誇り高さが伝わってくるではないか。

「そなたが強い戦士であれば、私のような老人には簡単に勝てるかもしれないな。
もし私に勝てたなら、私の持つ宝物を奪いとるがいい」

ヒルデブラントは厳しい口調で言うと、ハドゥブラントは穏やかな様子で答えた。
「見たところ、お前の鎧は、いい職人の作品のようだな。
そんな鎧を身につけているお前が亡命させられるなんてありそうもない話だ」

このハドゥブラントの言葉は、その父親をひどく喜ばせることになった。
息子が恐れ知らずの剛の者であり、また戦いを好む様子を見て、いとおしく感じた。
たが、もはや対決を先延ばしにすることはできない。これ以上戦わないでいれば、敵はもちろん味方からも臆病者のそしりを受けてしまうからだ。

「そなたとの戦いを拒否すれば、私は東方で最低の戦士となるだろう。
そなたも大いに名誉を求めるがいい!
今から正しい戦いのやり方を、皆に見せつけてやろうではないか」

こうして戦いが始まった。
互いに槍を交えるものの、重い一撃は盾によって遮られた。
次に、彼らは鋭い剣を抜いて斬りつけ合う。
しばらくすると、2人の真新しかった盾は切り裂かれてしまったので、彼らは盾を捨てて剣のみをもって戦った。

激戦を観戦していた両軍とも、誰も口を聞かずに2人の戦士を見入っている。
戦いは一進一退でどちらの戦士が勝つのか、誰も予想ができない。
これまでヒルデブラントと互角に戦うことができる戦士が現れたことがなかった。だが、これまでハドゥブラントほど強い敵にはであったことはなかった。

長い戦いは、いつ終わるともしれず延々と続いた。
しかし、ついに戦いは終わりを告げる。
ヒルデブラントが突如として稲妻のような一撃を繰り出すと、これによって致命傷を負ったハドゥブラントは地に倒れ伏した。

ヒルデブラントは剣を投げ捨てると、倒れた英雄のそばに膝をついた。
「あぁ!」ヒルデブラントは叫んだ。
「息子を殺してしまった!」

ハドゥブラントは激痛に耐えながら、死の迫った瞳を父に向けた。
「あなたは本当に父さんだったのですね。
ヒルデブラントでなければ、私を倒すなんてできないことですから」

ヒルデブラントは死にゆく英雄を抱きしめた。
もはや息子は顔面蒼白である。
こうして、避けられぬ宿命はヒルデブラントを直撃した。
子殺しの報いは、ヒルデブラントを死に導いたからだ…。

その夜、ヒルデブラントは仲間の貴族たちと一言も会話を交わさなかった。
戦士の死体は、その両目がどんよりと濁っており、唇は冷え切っていた。
そして、鎧は血で真っ赤に染まっていた。
ハドゥブラントは、ヒルデブラントの与えた傷で死んでしまった。
そして、ヒルデブラントも深い悲しみのために命を落としてしまったのだ。
 

2010/03/08
 

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