27章 悪魔の子


300人の乙女たちに別れを告げると、イヴァンは悪魔の子とというのを探して城の中を歩きまわった。
だが、城内は無人であり、誰もいない。
そこで、イヴァンと旅の乙女は庭に出てみた。
その庭には、絹の敷物に肘をついている紳士とその妻がいた。また、その隣には16歳ほどの少女がなにやら物語などを音読している。
少女は、紳士と婦人にとってただ1人だけの子どもであり、娘が読む物語を楽しそうに聞いていた。
また、少女はとても美しく、たいていの男ならば一目見ただけで少女に恋してしまうだろう。

「やぁ、はじめまして。」
と、紳士はイヴァンに挨拶をした。

(…この紳士は、私を騙そうとしているのだろうか?
いや、礼儀正しい人だしそうでもないだろう。)

そう考えると、イヴァンも紳士に対してあいさつをする。
そして、紳士はもちろん、少女もイヴァンに対して丁寧なもてなしをした。
急ぐ旅の途中だというのに、紳士の城に一晩を泊めてもらったイヴァンであったが、翌朝、イヴァンは教会から精霊のためのミサが行なわれているのに気がついた。

そのミサが終わった後、イヴァンは妹姫のために決闘裁判を行う期日がもう殆どないことに気がついた。
――いやいや、しつこいけれど急ぐべきではないのだろうか。
以前、ローディーヌとの約束を忘れてしまったイヴァンだというのに、この成長が見られないようだ。

だが、出発しようとするイヴァンを、紳士が引き止めた。

「待ってください。この城にも危機が迫っております。
貴方は、自分の身を守るために2人の男と戦わなければなりません。
もし、貴方が勝った場合、私は娘と重地、それから統治権を差し上げますから。」

「いいえ、私は権力にも富にも興味はありません。
それに、私はお嬢さんと結婚する気もないのです。」

「私の申し出を断ることは構いませんが、あなたは決して戦いから逃れることはできません。
向こうの方から貴方を攻撃してくるでしょう。
はっきり言って、娘や富を拒絶した貴方の発言は、臆病さ故にものに感じます。
しかし、決して貴方は闘いを避けることはできません。
この城に宿泊した騎士は、もはや逃げることはできないのです。
そして、奴らが死ぬまでわが娘は誰とも結婚できないのです。」

紳士はこのように言った。
つまるところ、優雅に暮らしているようでもあるが、紳士もまた悪魔の子の被害者なのだ。
――ていうか、この城に泊まった人間は悪魔の子と戦う義務が生じるというのなら、頑張ってイヴァンを宿泊させたあたり紳士はそれなりにしたたかな印象も受ける。

「そういうことなら、戦わざるをえないですね。」

「そう言ってくださいますか!」

こうして成り行きから、イヴァンは悪魔の子と戦うことになった。
まぁ、もともと強制労働をさせられている乙女を解放しなければならないのだから、そこまで不満はないのだけれども。

――さて、イヴァンは外の競技場で悪魔の子らに出会うことになったが、彼らは恐ろしげな風貌をしており、肩から膝まで鎧で覆っていたが、顔と足だけはむき出しであった。
そして、悪魔の子らを目にしたライオンは、戦いの予感を感じて体を震わせた。
しかし、ライオンに気づいた悪魔の子は、すかさす言った。

「騎士よ、戦いの前にライオンを遠ざけろ。
人間同士の試合に獣を参加させることはできないだろう。」

「そんなにライオンが怖いなら、自分で遠ざけるんだ。
ライオンがお前たちを打ち負かすのなら、私はそれでも構わないのだから。」

「いや駄目だ。獅子を試合に参加させるなんていうのは論外であって、お前は1人で我ら2人を相手にしなければならん。
ほら、そこの小屋にライオンを入れて扉を閉めるんだ。」

と、悪魔の子らは自分たちの主張を譲らない。
――この間の1対3のときも見たパターンだ。訳者としては、ライオンを参加させない代わり、1対1でやろう、という程度の交渉くらいすればいいのに、と思うのだが、イヴァンはそう考えなかったらしい。

「そういうことなら、仕方がない。」

そう答えると、イヴァンは指示通り、ライオンを小屋に閉じ込めた。
こうして、ライオンが戦いに参加しないという状況を作り上げると、悪魔の子はイヴァンに襲いかかってきた。
悪魔の子らの攻撃は、イヴァンの盾や兜の上に降り注ぐ。やがて、盾には穴が開き、兜はひしゃげてしまった。

(こいつら、強い…)

イヴァンは、恐怖を感じながらも必死で防御に専念した。
悪魔の子たちは1人でもかなりの実力の持ち主であったが、連携も取れており、2人でかかって来るととても歯が立たない。
もはや、イヴァンは死を覚悟した…。

一方、苦戦に陥るイヴァンであったが、小屋の中に閉じ込められたライオンの方もかなり焦っていた。
高貴なる獅子は、決して恩を忘れる事はない。
障害もなんのその、ライオンは小屋の扉をぶちやぶって救援にかけつけた。
そして、ライオンは悪魔の子の片方に噛み付くと、噛み付いたまま大地に叩きつけた。
その一撃でを受けた悪魔の子は、起き上がれないほどのダメージを負った。

ライオンの乱入に、もう一方の悪魔の子も狼狽した。
(チャンスだ!)
その一瞬の隙をついて、イヴァンの剣は悪魔の子の首を切り飛ばした。

「やめてくれ、もう降参だ。
これ以上、ライオンが俺に攻撃しない様にしてくれ。
なんでもお前の言うことを聞くから!」

重傷を負いながら、生き残った悪魔の子は必死で懇願した。

「よし、わかった。
おい、君。もう戦いは終わりだよ。」

イヴァンは悪魔の子の降伏を受け入れると、ライオンをおとなしくさせた。
この光景に、領主や少女は大喜びした。
領主は、かつての約束通り、娘を差し出すとともに、領土や財産をイヴァンに譲と言い出したが、イヴァンは丁重にこれを断った。

「私は財産とか領土には興味がありません。
…ですが、貴方の城で強制労働している乙女たちを解放させて欲しいのです。
貴方もご存知のように、悪魔の子が倒れた今、彼女たちは自由のはずですから。」

「その点は異存はありません。
ですが本当によろしいのですか?」

なおも、領主はイヴァンを押しとどめた。
なんといっても、領主の娘は絶世の美女である。
それを拒否するということは、まるで娘を侮辱されたのではないかと考えたからである。

(全く見返りを求めないとは…?
きっと、何かの誓いがあるのだろう。
それなら、強要することもできない。)

かなり長々しいやりとりのあと、領主はついにイヴァンと娘の結婚を諦めた。
そして、イヴァンは囚われていた300人の乙女を解放した。
乙女たちが大喜びしたのは言うまでもない。
何度も何度も繰り返して感謝の言葉をいう乙女たちに別れを告げると、イヴァンは旅の乙女とともに城を出た。
しかし、イヴァンは知らない。
決闘裁判で戦う相手が、親友・ガウェインであることを…。

さて、大幅にダイジェストでお送りした悪魔の子編もここで終わり。
いよいよ、ガウェインとの対決、決闘裁判編は結構丁寧に訳して行きます。
 

2009/12/27

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