23章 新たなる旅立ち


イヴァンによって開放されたルネットの心は喜びでいっぱいだった。
死の淵から救われたのだから、さもありなん、と思うけれど、ルネットはイヴァンとローディーヌが仲直りするきっかけができたことの方を喜んでいた。

「騎士さま、ありがとうございました。」
と、ローディーヌは言った。この獅子を連れた騎士の正体が誰なのか、ローディーヌは知らないのだ。
「どうか、貴方とライオンの怪我が治るまで、この地に留まってはくれませんか?」

(…言いたい。私はイヴァンなのだと。
しかし、駄目だ。どのツラさげてレディと会えばいいのだ?)

イヴァンは思いながら答えた。

「…私は、あるレディの怒りと悪意が解けるまで、この地に滞在することはできません。」

――ローディーヌは別に怪我が治るまで滞在しろと、と言ってるだけでずっと滞在しろと入っていない。
その辺、地の文ではうまく論点すり替えているけれど、とりあえずは気にしてはならない。

「そうですか…。それは残念です。
でも、騎士さまのような方に悪意を持つなんて…。
勇敢な騎士を拒絶するなんて、女性のすることではありませんわ。
よほど、酷い裏切りをされたのならば話は別でしょうけれど、貴方がそんなことをするはずはありませんものね。」

読者にとって、イヴァンが怒りを買った女性が誰を意味するのか自明のことだが、作者のクレティアンはじらす。ずっと、じらす。

「レディ、困難は大きくとも彼女のために戦うことはわが喜びです。
お願いですから、それ以上しゃべらないでください。」

「そうね、騎士さまの想い人を悪く言ってごめんなさい。
ところで、お別れの前に教えていただけますか?
騎士さまのお名前はなんとおっしゃるのかしら?」

イヴァンは、張り裂けそうな胸の痛みをこらえながら答えた。

「きっと、私の名前をご存じないでしょう。
私の名前は、『獅子を連れた騎士』。
そのように、呼ばれています。」

「『獅子を連れた騎士』、ですか。
確かに、初めて聞く名前ですが、おなたとお会いするのも初めてなのですもの。」

――ちょっと、余談。「name」っていう単語は「名前」の他に「名誉」とか「評判」っていう意味もある。訳者はこの物語を言語のフランス語から英語に訳したのを読んでますが、たぶん、フランス語でも事情は同じかと。
だから、「私の名前を知らないでしょう」は「私の評判を聞いたことがないでしょう」と訳しても差し支えない。

「そうですね。しかし、レディ。
私の名前は、至る所で評判になるかもしれません。」

「ええ、きっと貴方の名声が広がれば、そのレディも貴方のことを許すでしょう。
きっと、神が貴方を助けてくれからうまくいきますわ!
そうしたら、改めて我が領地に来てくださいね。」

「はい…。レディの怒りがとけたなら、必ずここに戻ってきましょう。
ええ、貴女は知らないでしょうが、貴女は私の幸運の小箱とその鍵を持っています。」

そう言い残すと、イヴァンは痛むからだと、それ以上の胸の痛みに耐えながら馬を進めた。
ルネットを除き、誰もが『獅子を連れた騎士』の正体に気づかない。
しかし、イヴァンとの約束があったので、彼女もまた秘密を守り、『獅子の騎士』の正体を口にしなかった。

そんなルネットは、助けてくれた『獅子を連れた騎士』と分かれる前、このように告げていた。

「むつかしいことをなさいましたね、素直に名乗ればいいのに。
とりあえず、レディを独身のままにしておく工作はお任せください。
そんなに難しいことではありませんから。」

この発言に、イヴァンは心から感謝した。
ルネットは聡明だし、またなにより怠惰でも、忘れっぽくもない。きっと、うまくやり遂げるだろう。

さて、ここからイヴァンの新たな旅が始まるのだった。

2009/12/17
 


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