10章 イヴァンは泉を守る

 

ところ代わって、アーサー王たちのこと。
アーサー王たちは、カログレナンの報告にあった泉を探すため、ケイやガウェインらの騎士を率いて旅をしていた。
ふと、ケイは思い出したようにおしゃべりを始めた。

「そういえば、以前、従兄弟の復讐に行くと言って姿を消したイヴァンはどうなったのかな?
どうにも戻ってこないところを見ると、逃げ出したようだね。
功名心の強い男だったけど、さしたる功績はない男だったよ。
勇敢な演技をしていたけれど、実際は臆病者だったらしい。
知っているかな? 真の英雄と言うのは、目の前で自分を誉め称えるような話されていると嫌な顔をするものさ。
ところが、臆病者は自分を良く見せるために自慢話をして憚らない。」

これの意見に対し、ガウェインは反論した。

「ケイよ、口を慎みなさい。
イヴァンがここにいたら、君は絶対にそんなことを口にできないだろう?」

「ああ、」とケイは答えた。「私の意見が君を深いにさせたのなら、この話はここまでにしておいてやるよ。」

このような話をしていると、やがてアーサー王達は泉に到着した。早速、末の木の下にある大岩に泉の水をすくってかけてみる。たちまち雨が降り、嵐がやって来た。
その雨と嵐がやむと、林の中から完全武装し、騎乗したイヴァンが勇ましい様子で現れた。

――ただ、騎士道物語のお約束と言うかなんというか、誰もこの騎士がイヴァンだと気づかない。訳者は『アーサー王の死』など読んでいて不思議でならないのだが、鎧兜を身に付けていると、本当に人の区別って付かないものなのかしら?

さておき、ケイは真っ先に戦いたいとアーサー王に願い出た。
王はこの願いを聞きいれ、ケイに戦うことを許す。
ケイは大喜びをしたが、一方でイヴァンも喜んでいた。ケイに対しては恨みを持っていたからである。

(ようし、いつぞや侮辱して来たときの恨みを晴らしてやろう。)

そう考えながらも2人は正面に向かい合う。
それから槍を構え、盾を握り締めて突撃する。激突とともにお互いの槍は盾に命中。その衝撃で槍は砕け散り、手には折れた柄だけが残った。ただ、イヴァンの力強い一撃を受けたケイは盾でも衝撃を耐え切れず、落馬してしまった。

この光景を見た騎士たちは喜んで言った。
っていうか、こいつら味方のミスを見て喜ぶのは性格悪いと思うけれど、それがケイだから仕方ない。

「見ろよ、皮肉屋が落馬しやがったぜ!
こんな光景を見ることができるとなぁ。」

一方で、イヴァンはアーサー王の方に馬を進めてこう言った。
「陛下、すぐに引き返して頂きたい。でなければ、戦わなくてはいけません。」

「…君は一体誰だね?
ケイを倒すとは中々の腕前だが、君のような優れた騎士がいたとは知らなかった。
せめて、名前くらい教えてはくれないかね?」
とアーサー王。いや、兜で顔が隠れていたとして、声まで聞いて何で気づかないんだよ、と訳者は思うのだけれどそれが中世クオリティなのだろう。

「私はウリエンの子、イヴァンと申します・・・。お久しぶりです、陛下。」

これを聞いたアーサー王は大喜びし、ケイは敗北の恥辱にくわえて困惑し、暗い気分になった。
一方、従兄弟の活躍に対して誰よりも喜んだのはガウェインであった。ガウェインは、他のどの騎士よりもイヴァンの事を愛していたのだから当然のことである。

それから、アーサー王はイヴァンに対して、宮廷から失踪した後、何があったのかを尋ねた。これに対してイヴァンは包み隠さず、これまで会ったことを正直に報告した。もちろん、ルネットのことやローディーヌとの結婚のことまで、一切を省くとことはしていない。
その報告が終わると、イヴァンはアーサー王を自分の城に招待した。

――え、イヴァンってアーサー王を追い返すために来たんじゃないの? 
と、読者の方は思っているだろうけど、別に訳者はページ丸ごと省略とかしていない。本当に、こうなってます。
一応、アーサー王たちは早く帰るし、長居はしないという約束はしてくれてたのではあるから、一応目的は達成しているのだけれど。

場面変わって、ローディーヌの城。
とりあえず、アーサー王の侵攻という危機におびえていた領民であったが、平和的に解決したと聞いて喜ばない者はいなかった。

ローディーヌの郎党たちはスペイン産の馬に乗り、アーサー王に挨拶するためにやってきた。
また、通りは飾り付けられ、ラッパやトランペットなどの演奏でアーサー王を出迎えた。
――ちょっと前までアーサー王が侵略してくるとかビビっていたはずなのに、変わり身の早い、と思うけれど恋愛描写以外の部分に整合性とか求めないほうがいいですね。
さらに、綺麗に着飾ったローディーヌもアーサー王に対して丁寧に挨拶をする。

それから、アーサー王たちは熱烈な歓迎を受けた。
さまざまなイベントはあったのだけれども、特筆すべきは太陽と月の邂逅だろう。
「太陽」というのは、もちろんガウェイン卿のことだ。彼は太陽の騎士と称され、午前中は通常以上の力を発揮する。
そして、「月」というのはルネットのことだ。――ちなみに、「ルネット」という名前がこの物語において初めて登場するのはこのシーンなのだけれど、――彼女は黒髪の可愛らしい乙女で、これまでさんざ書いてきたように聡明であった。

ガウェインは従兄弟のイヴァンの命をすくってくれたルネットに対して好感を抱き、ルネットに対して愛を捧げたのだ。
ガウェインは、ルネットがいかに機転を働かせてローディーヌを説得し、イヴァンの命を助けたかと言う話を聞くと、にこやかに微笑んで言った。

「お嬢さん、おれの力が必要になった場合、いつでも呼んで下さい。
是非とも貴女の力になりましょう。」

「まぁ、ありがとうございます。覚えておきますわ。」
と、ルネットは答えた。

このようにして2人がお喋りしている間、他の騎士たちもそれぞれ気に入った乙女と会話したりしていた。
なにせ、会場には90人ほども貴婦人たちがおり、いずれも美しく、かつ身分の高い者ばかりであった。

結局、アーサー王たちは1週間ほどローディーヌの領地に滞在することになった。

2009/11/25

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