11章 ガウェインの説得

 

結局、アーサー王たちは1週間ほどローディーヌの領地に滞在することになった。
そして、その1週間の滞在が終わると、当然に帰還することになった。
帰り支度をしながら、突如としてガウェインは言った。

「イヴァン、お前も私たちと一緒に宮廷に帰ろうよ。」

「え、何だって?」

思わずイヴァンは尋ね返した。
なんと言っても新婚である。ざっと計算しても、結婚してから1月と経っていないのだから当然の反応だ。

「おいおい、イヴァン。」とガウェインは諭すように言った。「君は結婚してから腑抜けたんじゃないか? 美しい妻や愛人を持った男と言うのは、自分を高めるため、これまで以上に励む義務がある。女に溺れて向上心を失ってはいけないよ。」

「それも、そうだね。」

「それに、結婚してから堕落すれば女の方も男の方を軽蔑するようになる。
男なら、名誉を求めなくちゃいけない。さ、私と一緒にトーナメントに参加しようじゃないか。
活躍すれば、皆が君の事を羨むぜ。停滞は退廃を招く、今すぐに出発するべきだ。」

と、ガウェインはイヴァンを説得した。
――いやいや、その理屈はおかしい、と訳者は思う。
だいたい、イヴァンはこれからローディーヌの所領を守る約束をしているのだから宮廷に帰りますというのは一種の職務放棄ではないか。
ちょっと前にルネットが見せた交渉術と比べると、ガウェインのそれはあまりにも稚拙な印象を受ける。

が、なおもガウェインは説得を続けた。
「歓楽に溺れてはいけない。愛の甘さは騎士としての力を奪う元だ。
いや、誤解しないでくれよ。別に、君が羨ましいとか憎くてこんなことを言っているわけじゃない。
私だって、君の奥さんみたいな女性と結婚できたら、そりゃ無中になるよ。でも、だからこそ言うんだ。
僕は、君にとって都合のいいことしか言わないダメな友人になるよりも、嫌われたって構わないから良き友になりたいんだ。」

ガウェインの真摯な説得を受けて、イヴァンはついに決心し、ガウェインと友に宮廷に帰る事を約束した。
これには、ガウェインの言う「正論」に心を動かされた、という理由もある。ただ、本質的にはイヴァン自身の希望もあったことは否定できない。
これまでも書いてきたが、イヴァンはとかく功名心が強く、名誉に対しひどく執着する傾向があるのだから。

さて、ガウェインとともに帰還すると決まったけれど、すぐに帰るわけにはいかない。とりあえず、ローディーヌの許可を得なければならない。
もちろん、ローディーヌはイヴァンの帰還に反対した。それでも、イヴァンはくじけずにローディーヌを説得した。そのため、最終的には、

「分かりました・・・。ですが、期間を区切らせて頂きます。もし、その帰還を過ぎることがあれば、私の愛は憎しみに変わるでしょう。いいですか、もし私を愛しているのなら、今日から1年と1週間後の聖ヨハネの日までに必ず帰ってきてください。」

これを聞いたイヴァンは、涙を流しながら答えた。
「1年というのは、なんとも長いものだね。もし私が鳩であるなら、すぐにでも貴女の元に帰ってくるのに。
よし、神に誓おう。もし、急な病気になった場合か牢獄にでも閉じ込められた場合でなければ、必ず約束を守って帰ってくる事を誓うよ。」

――格好のいいことを言いながら、病気の場合と監禁されている場合を例外に挙げておくのはどうかなぁ、と訳者は思わないでもないけれど、中世では慣用句として感じにこういう表現をしてたみたい。
イチイチ突込みを入れるのは、本来的に野暮であるし、するべきではないだろう。だが、ここについて突っ込んだのは理由がある。

「あなた…。」とローディーヌは言った。「さらに例外規定を作ってください。もし、神が貴方に死を与えた場合、もしくは私を覚えていたとしても、行く手に障害があって来られなかった場合も、です。」

と、ローディーヌはイヴァンが言った以上の例外を付けた。これはイヴァン側にとって有利な取り決めだ。それでも、よほど不安だったのか、指輪を差し出して言った。

「この指輪を受け取って欲しいの。指輪の宝石には魔力があります。これを身に付けていれば、真の愛を持っている者は決して負けることはなく、血を流すこともありません。また、不運も持ち主を避けていきます。要するに、貴方の体は鋼鉄のようになり、盾や鎧を身に付けなくてもよくなるのです。本当は、この指輪は誰にも委ねるつもりはなかったのだけど、愛する貴方だけは特別です。」

――野暮を承知で突っ込むと、最初の夫に何故その指輪を渡さなかったのかなと、訳者は疑問に思う。
そんな訳者の突っ込みはさておき、お話を進めなければならない。

とにかく、こうしてイヴァンは自由を手に入れた。
ついに出発の日。
イヴァンは涙ながらもアーサー王とともにローディーヌの城を後にした。
ローディーヌは涙を流していた。イヴァンも、後ろ髪を引っ張られるような気分で、泣きながら馬を進めた。
どうしても、イヴァンが悲しむものだから、アーサー王はローディーヌに対して、泣き顔を見せず、城に帰って欲しいと頼んだほどだった。

…イヴァンの体は、確かにアーサー王達とともに出発した。だが、彼の心臓は彼女の元に留まったままだ。
心臓がなければ生きいられないのは、当然の理だ。
だから、時とともにまた体のなかに心臓が設置されることになる。ただ、この新たな心臓は、欺瞞と偽りの心臓だ。

イヴァンは知らなかった。この選択が、将来においてどのような結果をもたらすか。失われた愛を取り戻すとはどういうことなのか。

これで、長かった物語は第1部完、と言ったところ。だいたいのキャラクターの紹介にあたる。
次からは、第2部、いよいよライオンなどの重要なキャラクターを踏まえ、イヴァンたちの物語が本格的に進展することになる。
さて、次回は、その問題の1年後について語ることとして、この話はここまでとする。


2009/11/25
 

back/next
top

inserted by FC2 system