5章 トリストラムの夢(1)〜2人のイゾルト

 

そして、ダゴネットは踊りながら去って行った。
長々と続く道を通り、森を抜け、1人きりでトリストラムは西のリオネスへ向った。
かつて、リオネスでイゾルト王女から逃れてきたということがあった。
ルビーの首飾りを手に、さらに進んだ。
森の中ではざわざわとなる音を聞いていると、トリストラムは気だるい気持になってきた。
彼の鋭い瞳は、森の中でなる動物の足音や羽音などをしっかりとらえていた。
やがて突風が吹き下ろしてきた。水面のさざめきが収まったころ、森の中の何かがトリストラムに目を向けてきた。
だが、隙間から鹿が見えたり、羽が地に落ちると、たちまちそれは消え去ってしまうのだった。

それから、一日中トリストラムは馬に乗って草地を進み続けた。
ようやく、トリストラムは小屋にたどり着いた。その小屋はブナとハリエニシダをより合わせて作ってあり、また屋根はシダで作られている。
この小屋は以前トリストラムがイゾルト王妃と雨風を防ぎ生活するために作り上げたものである。
トリストラムは、彼女と過ごした小屋に、気まぐれから帰ってきたのである。
彼女とは1月の間生活したが、それもコーンウォールとそれから6つか7つの国の王であるのマークのせいで終わりを告げた。
トリストラムが留守にしている間に、マーク王が彼女をさらって行ってしまったのだ。この時、恥辱よりも恐怖を感じた彼女の戦士、トリストラムは無言のまま、自分の不幸を嘆いたのであった。

今、トリストラムは荒地の小屋を見て甘美な思い出に浸り、その場に留まった。
だが、イゾルトが去ったとき、彼はそのまま悲しく物思いにふけりながら生活することにはならなかった。やがてある王女と結婚することになったからである。
ティンタジェルはコーンウォールから離れており、ティンタジェルの宮廷での孤独な生活では彼女の噂を耳にすることもなかった。
しかし、それは彼女から離れ海の向こうで孤独に暮らしていたからであろうか、それともブルターニュ王の娘の名前が「イゾルト」だったのが原因であろうか?
そのブルターニュ王女は「白い手のイゾルト」と呼ばれていた。
まずトリストラムは、彼女のその甘美な名前に魅了された。
やがて、彼女はその白い手でもってトリストラムの世話をするようになり、彼を愛するようになった。そして、トリストラムも彼女を愛するようになった。
だが、安易に結婚をしてしまったためか、トリストラムは安易に彼女を残してブルターニュを後にしたのだった。
どんな不思議なことがあったのか?
つまりアイルランド人特有の青がかった黒い髪、アイルランド人風の瞳への思いがトリストラムを故郷へと連れ戻したのである。
そして、トリストラムは目を閉じると、彼は枯葉の上で眠り、夢を見始めた。

夢の中、トリストラムはブルターニュの浜辺を歩いているようだった。
彼の両脇にはブリテンのイゾルトと、彼の妻となったイゾルトがいた。
そして、トリストラムが2人のイゾルトにルビーの首飾りを見せると、2人は首飾りを巡って争いを始めた。
やがて、王妃のイゾルトが首飾りを掴み取ったのだが、その手は真っ赤に染まっていた。
これを見たブルターニュのイゾルトは叫んだ。
「見てよ、彼女の手は真っ赤じゃないの!
あれはルビーじゃない、凍り付いて固まった血なのよ。
それが彼女の悪しき欲望に満ちた熱い手で溶けたんだわ。
でも、私の手は大丈夫よ。
貴方に捧げた白い手は、花のように白くて冷たいのだわ。」

鷲の羽ばたきを思わせるほど凄まじい争いの声が途切れると、次は子供のような泣き声が響き渡った。
2人のイゾルトは首飾りを壊してしまったのである。

2009/9/21


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