6章 トリストラムの夢(2)〜赤い騎士征伐

 

さらにトリストラムは夢を見た。

 

その夢の中で、アーサー王は100の槍(100人の騎士、と言いたいのだろう)を従えて馬に乗り、果てしない草原にいた。
そこにはたくさんの水溜りがあり、草でできた島があちこちにある。
霧がかった沼地に日が落ちてゆく。
難攻不落の塔の扉は開かれており、いたる所で戦いが繰り広げられていた。
沼地を守る兵達は、娼婦との快楽と邪悪な歌に堕落した悪党達である。
「あれを見るんだ」
と、アーサー王側の若者は叫んだ。
彼が示した先には、塔の前のにある大きな枯れ木がある。その枯れ木には、首に縄を付けて同志、すなわち円卓の騎士たちの死体が吊るされていた。
そして、大枝の上に掛けられた盾には、血で真っ黒に染まった大地が映っていた。

角笛とともに士気をあげた騎士達は不名誉な悪党に向けて拍車を鳴らし、互いに盾に攻撃をぶつけ合い、また角笛を吹き鳴らすのだった。
アーサー王は手を振って騎士達を止めた。
彼はただ1人で騎乗していた。
乾いた角笛の音はひどく耳障りである。
そして、その角笛は皆の目を沼地の上に目を向けさせた。
空に目を向ければ、天に嵐が迫っており、雷と雨を呼ぶ雲が覆っている。
これを知らせる角笛を吹く男は、槍の先端から兜のてっぺん、鎧に至るまで血で染まって真っ赤であった。
そして、角笛を聴いた赤い騎士は、アーサー王に向って叫んだ。

「地獄の牙よ、貴様を裸にひん剥き、噛み砕いてしまうがいい!
ふん、貴様は去勢されたかのように臆病な王にすぎない。
貴様ときたら、自由と言う人間性を喜々として世界から取り除いてしまおうとしていやがる。
女を崇めるだって?
神からも、俺からも呪われてしまえ!
貴様の騎士によって、我が同胞の恋人が殺された。
俺もたいがい意気地なしだからな、恋人を殺された女の泣き声を聞かされて誓いを立てた。あぁ、地獄を這い回り、永遠の死をもたらす尻尾を持つ蠍に掛けて誓ったのだ。
貴様の騎士であれば誰であろうと戦い、打ち負かして吊り下げてやるのだと。
お前が王だな、お前の命もここまでだ!」

この赤い騎士の声を、アーサー王はかつて聞いたことがあった。
だが、その顔は兜で隠れていたため、アーサー王はその騎士の名前はすぐに思い出すことはできなかった(※)。
アーサー王は言葉や剣を使おうとはせず、無抵抗でこの酔っ払いのやりたいようにさせることにした。
だが、赤い騎士は馬から体を伸ばし、アーサー王を攻撃しようとしたのだが、攻撃は命中しなかった。赤い騎士は泥酔していたため、バランスを崩して巨体は土手道から沼地に落馬してしまったのである。

(※ 解説によれば、この赤い騎士の正体はペレアス卿。この1個前の牧歌『Pelleas and Ettarre』で円卓の騎士やらアーサー王の偽善っぽさに怒り、ラストシーンで北方へ向い旅立ってます。反乱を起しているのはテニスンのオリジナル設定。原作でのペレアスについて知りたい方は、ウィキのペレアスを参照。)

頭から落ちた赤い騎士は沼に波をたて、夜の土手に嫌な音を響かせた。
さらにしぶきが飛び、水面は半リーグ(2.5キロくらい)にわたり濁ってしまった。砂地は沼から飛び散った泥でまだらに染まりったが、その様子は月に雲が掛かったかのようであった。
このようにして落馬してしまった赤い騎士は強く頭を打ってしまった。
そして、この様子を見ていた円卓の騎士たちは咆哮を挙げ、倒れた赤い騎士に襲いかかり、その顔が判別不能になるほどぐちゃぐちゃに踏みつけてしまった。
こうして、騎士たちは泥だらけに汚れながらも、赤い騎士の頭を沼に沈めてしまった。

それから騎士たちは、アーサー王が号令を掛けるのを無視して駆け出し、扉を開けると赤い騎士の部下めがけて右に左に剣を振り回した。そうして、男だろうが女だろうが、酔っ払った顔で机やワインを投げつけてくる者たちを殺し尽くした。
やがて、全ての家の軒先に女達の悲鳴が鳴り響き、道は虐殺された者たちの死体で埋め尽くされてしまった。
さらに、騎士たちは叫び声をあげながら塔に火をつけた。北方地帯の秋に近づいた夜、アリオト(おおぐま座のε恒星。日本風に言えば、北斗七星のひしゃくの星)とアルコル(おおぐま座の恒星)は赤く輝き、100の沼を赤く染めた。
その景色は、まるでモアブ(古代イスラエルの東の地域。聖書の価値観だと異教徒の住む地域でマイナスイメージが強いらしい。あと、東側には有名な死海とかがある)の東から流れてくる水のようであり、その水によって砂地から怠惰な感じは海に流されて行くのである。

こうして、赤い騎士は死に、海岸地域は安全地帯となった。
だが、アーサー王の心は苦しみで覆われていたのだった。


…この赤い夢から覚めたトリストラムは叫び声をあげた。

2009/9/24


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