2章 姉さんと聖杯

 

「女の人だよ。」とパーシヴァルは答えた。

「つまり聖杯を最初に見た人間は、修道女だったおいらの姉さんだ。血縁的に、おいらと最も近いのが姉さんだったんだけどね。
聖なる乙女ならば、石床が磨り減るほどに跪いてお祈りをしなきゃいけないし、聖なる乙女は純潔でなきゃいけない。
確かに、姉さんは幼いころはそうだったけども、やがて燃えるような恋をしてしまったんだ。
その愛と言うものは、乱雑でぶっきらぼうなもの。聖なるモノへ軽く一瞥するようにしてしまう。
姉さんは、お祈りし、神に仕え、断食し、施しをしていたけれど、修道女だったがゆえに宮廷でスキャンダルに発展してしまった。これは、アーサー王と円卓の騎士段に対する原罪だ。
不倫の噂が流れると、姉さんの独房には鉄の格子が下ろされた。姉さんはこれまで以上にお祈りをし、断食するようになったんだ。

「姉さんは原罪を犯したと言われていたけど、もしかして完全に潔白だったのかもしれない。
近所に100歳になろうかと言う老人が住んでいて、その老人はしばしば姉さんに聖杯のことを話したそうだよ。
その伝説というのは、キリストの御世からそれぞれ100年ごとに授けられ、今のところ5〜6人に渡されたそうだよ。
老人が言うには、アーサー王が円卓を作ったとき、人々の魂は浄化されたから、いまこそ聖杯が再びこの世に現れるんだってさ。
あぁ、神よ。もし聖杯が現れるのならば、この世の全ての悪が癒されるというのに!

「これを聞いて姉さんは、
“主が現れるのは、私が祈り、断食をしているという功績のためでしょうか?”
と、尋ねたんだ。

でも、老人は、
“それは違う。私はそなたの魂が雪のように純白かどうか知らないからな”
と、答えた。

それから、姉さんは太陽が昇り、風が吹くまでるまで祈りを断食を続けたんだ。
たぶん、おいらが会いに行くまでずっと寝ないで立ち続けていたのかもしれない。

「ある日、姉さんはおいらと話すために手紙を送ってきた。
そして、姉さんがやってきたとき、その目はおいらが知っている目とは様子が違っていた。
おいらの知ってる姉さんの目より、ずっと美しく、神聖な輝きを発していたんだ。
そして、姉さんは言ったんだ。

“パーシヴァル、可愛い弟よ。私は聖杯を見たのよ。
深夜目が覚めると、丘から銀の角笛の音が聞こえてきたの。
アーサー王たちは、夜に狩をするはずがないなぁ、と思ったんだけれど、やっぱり鋭い音が遠くからやって来ていたの。
ううん、竪琴みたいに手を使って演奏する音色でもないし、角笛みたいに息を使う楽器の音でもない音だったけど、とにかく私の方に近づいてきたわ。
それから、私のに部屋に冷たい、銀色の光が入ってきたの。そして、聖杯の長いストールの帯が下りてきたのよ。
私の独房の白い壁は、真紅の薔薇色に染められていて、生物のように鼓動をしていたわ。
音楽が弱まり、聖杯が消えてしまうと光も鈍くなり、薔薇色に染まった壁は震えて壊れてしまったの。
そいうわけで、聖なるモノは再び私達の前に現れたのよ。パーシヴァル、貴方は断食とお祈りをなさい。同胞の騎士達にも断食とお祈りをさせるのよ。
もし見る事ができたなら、世界は癒されることになるのだから。”
って、ね。

「青白い顔の姉さんが出て行くと、おいらはみんなにこの話をしたよ。
おいら自身も断食し、お祈りをした。
そして、皆の内かなりの人は、何か不思議なことが起こるのを待ちながら、1週間の断食とお祈りをしたんだ。

そんな中に白い鎧に身を包んだガラハドがいた。
ガラハドは、騎士に叙任されるとき、アーサー王に“神はそなたの美しさと同じくらい、善き人としてお作りになられた”と言われた人物だ。それに、ガラハドが騎士になるまで、こんなに若いうちから騎士になる人間はいなかった。
ガラハドは、姉さんから聖杯を目撃した話を耳にすると、驚くようなことをしてのけたんだ。
なんと、ガラハドの目はあのときの姉さんみたいになり、弟であるおいらよりも姉さんと兄弟なんじゃないか、と思わせるような感じになった。

「そうは言っても、ガラハドには兄弟姉妹はいなかったんだけどもね。
ただ、ガラハドはランスロットの息子だ、とか魔法によって生まれたんだ、って言う人もいたよ。お喋りな渡り鳥か、ハエを食べようと口を開けながら秘密の話をする鳥みたいな奴等だよ。
ランスロットが宮廷を離れ、淫らなことをするはずがないのに、どうしてこんな噂を言う奴がいたのか、どうにも分からないよ。

「でも、姉さんはか弱い乙女だ。
豊かな髪を切って額をさらすと、切りとった髪でマットを作った。
そして、髪の残りで幅広で長い剣の帯を編んだ。
この帯には銀の糸と、真紅の糸を使い、真紅のカップが銀の光を放っているような刺繍をしていたよ。
姉さんが、少年の騎士(ガラハド)にその帯を締めさせてこう言ってるのを見たことがある。

“私の愛する天の騎士よ。
あぁ、貴方。私の愛を貴方とともに。このベルトを持って行って欲しいの。
さぁ、行ってちょうだい。貴方は私が目にしたモノを見なければいけないわ。
そして、貴方の王が遥か彼方の精神的な世界で戴冠するまで、すべてを壊さなきゃいけないの。”

そう言って、姉さんは、決して衰えることのない情熱を込めた瞳をガラハドに投げかけていた。
そして、姉さんはガラハドの中に自分の心を注ぎ込み、彼は姉さんの信じたことを信じるようになったんだ。」

2009/7/8


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