6章 影の影
ベイリンの要求に対しアーサー王は尋ねた。
「では、何を身に付けるつもりかね?」
ベイリンは剛胆にも、王妃の紋章を盾に付けたいと申し出た。
王妃は微笑みつつも、アーサー王へ向き直る。
そこで、アーサー王はこう返答した。
「では、紋章を身に付けるがよい。
君の欲しがる紋章は、王の影(シャドウ)のものでもあるのだから、
これは「影の影」(shadow's shadow)ということになるだろう。
これにより、君の武勇を高められますように!」
…説明します。
シャドウとは一義的には「影」の意味。暗くする、とか語法的に日本語と同じ使い方もするが、派生して本体に従属して離れないもの。つまり信奉者とか腹心とか親友とかの意味がある。
「影の影」は「王の分身である王妃の信奉者」みたいな意味、じゃないかなぁと思う。ただ、私としてはベイリンとベイランの関係もまさに「影」みたいな気もするし、暗い未来の暗示とか、解釈のやりようが検討つきません。
以下、「シャドウ」という単語は基本的に私の能力では訳しようがないので、まま表記かイチイチ解説挟む方針で行きますのでヨロシク。
「違います!」とベイリンは言った。
「王妃様は俺にとって光です、影(シャドウ)ではありません。そして陛下は俺に紳士的な人生を保証してくださる黄金です!」
こうしてベイリンは紋章を身に付けることになり、騎士達はベイリンを称えた。
王妃と、世界の全ては音楽をで奏でて、ベイリンは騎士団・王とともにその音楽に身を委ねた。
cap
ナイチンゲールの鳴く5月の半ば、ある事件が起こった。
木立の中か話し声が聞こえてきた。
これによって、突如激しい怒りが身を襲い、ベイリンは気を失いそうになった。
ベイリンは、かつて籠手で殴り、半殺しにした召使と顔をあわせてしまったのだ。
追放と恥辱を与える原因となった召使は、無遠慮にニヤニヤ(ベイリンにはそう思えた)してみせた。
再び殴りつけるために腕を挙げたものの、盾についている紋章のことを思い出し、うなりながら拳をおさめた。
(カメロットは俺にとっては格式が高すぎるぜ。
こういう、礼儀作法というのは俺に向いてない。
俺は、むしろ礼儀などに劣っている事を見せていないだろうか?
炎のような、嵐のような激情を抑えるんだ、王妃様の前でも狂気を見せるんだ)
山小屋の暖炉に火がともり、窓を照らすにつれて、あたりは黄昏の闇が深くなった。
森では荒れ狂う炎があった。
そのとき、ベイリンの精神は夜のように暗くなっていた。
アーサー王や宮廷の人の優しさ、暖かさは逆にベイリンに影(シャドウ)をさしていたのである。
それでも、ベイリンは円卓に相応しい騎士になれるように努力し、懸命に努めることで平穏を得ていた。