第2章 アーデンの森の2つの魔法の泉
この間、シャルルマーニュは薔薇の冠をかけたトーナメントの準備を進めていた。
美しい仕掛けは既に完成させられており、騎士たちは槍試合への情熱の中にいた。
ちょうどこの時、アストルフォは入場してきたのであるが、彼の馬が転倒し、足をくじいてしまった。
宮殿に運ばれ、足の治療を受けざるを得ないイギリスの王子に対して、みなは道場をした。
それでも試合は進み、巨人のグランドニオが一方の陣営に属する騎士のことごとくを落馬、あるいは負傷させ、競技場における名誉を得ていた。
このころになると、
――アストルフォが競技場に戻ってきた。
――彼は腰に一本のファルシオン(ノルマン人が使う幅広の刀。wikiから引用した画像参照)を下げ、
――だく足で進む立派な牝馬にまたがる。
――以上の他になんらの武器も武装もしていない。
――そばにいたご婦人たちと笑ったり、ぶらぶら歩いたりし、
――あちらこちらの者たちに冗談を言う。
――彼がこんなふざけていると、グランドニオの激しい刺突で。
――グリフォン(このグリフォンはモンスターでなくて人名。オリヴィエの子)が落馬させられていた。
ファルシオンwikiから転載
グランドニオと対戦するものは、誰しもがかような運命を辿った。
粗暴な異教徒にシャルルマーニュやパラディンたちは、罵り声をあげながら狼狽する。
グランドニオの活躍に対し、シャルルマーニュはオルランド、リナルト、ガンが不在あることに悔み、またお祈りをした。なんとかサラセン人に対してやり返したいものだと。
これを耳にしたアストルフォは、観戦を中断し、一旦宮廷に引き返す。
そして武装して再登場すると、試合に参加しようとした。
著者が見たところ、彼はそうすることで名誉を得ようとしたのだろう。
この見解に対しては、多数の者たちの笑いと囁き声で迎えられた。
アストルフォのとるべき義務は、試合にでることでないのに。
アストルフォは、跳ね馬に乗りながらうやうやしくお辞儀をし、上品に言った。
「陛下、聞いてください。
貴方への報復として、異教の敵と対戦してまいります。
陛下の願いが大事であると言うことは承知しておりますので」
シャルルマーニュは不機嫌であったので、
「お願いだから、うまくやれよ」、とだけ答えた。
アストルフォは振り返って、周りを取り囲む諸侯に対し、
「ここから、我らの反撃開始でございます」と言った。
こうして酷い振る舞いを繰り返すグランドニオと対戦するためにアストルフォは、激情をもって競技場に向う。
ここで、彼の持つ金の槍は奇跡を起こし、グランドニオは塔から転落するかのような勢いで落馬した。
シャルルマーニュやその他の諸侯もこの光景には驚嘆した。
アストルフォ自身もこの結果に驚くことはシャルルマーニュ以上であったが、さらに幸運を求めて競技場で戦った。
ガンは家にいたのだが、すぐに試合の結果を知らされることになった。
彼はただちに親族や家臣たちを武装させると、軽薄な様子で遅刻の言い訳を始めた。
その言い訳の真偽はともかく、王はガンを許してしまう。
異教徒を打ち負かすことができたので、ガンはアストルフォに対し、もうトーナメントをやめることにしようと伝言を送った。
英国の王子は、「そのような考えは、異教徒と同じように卑しいものだ」と答える。
そして、すぐさま槍を繰り出し、ガン、ピナベル、その他マガンツァ家の者たちをことごとく落馬させた。
これに対し、反逆の輩は疾走するアストルフォの背中を攻撃し、彼を地面に落とした。
彼は怒り狂って立ち上がり、敵味方の区別なく襲いかかった。そのため、シャルルマーニュをふくめ、周り者たちは憤慨してしまう。
結局、アストルフォはシャルルマーニュの命令で逮捕され、投獄されてしまうことになったのだった。
アストルフォはかなりひどい目にあったと言えるのだが、著者から見ればまだそう酷い目にあったとは言えないだろう。アンジェリカへの恋の苦しみから、もっと悲惨な目にあった3名と比べれば、アストルフォはずいぶんマシであるのだ。
さて、その3名はそれぞれ別の道をたどり、それぞれ異なる時刻にアーデンの森にたどり着いた。
そのうち、最初に到着したのはリナルドである。
彼は森の奥を進んでいると、物陰に美しい泉を発見した。
――雪花石膏(アラバスター)の花瓶は金で飾られ、
――白い粉が不思議な様子で散りばめられている。
――それらを眺めていれば、緑の木立、花々、草原の絵が描かれているのに気づくかもしれない。
――これは、昔、イゾルテへの悲恋に苦しむトリスタンのために、
――賢者マーリンが作ったといわれているものだ。
――もしこの泉の水を飲むならば、恋人への思いを忘れ、
――苦しみから開放されることができるのだ。
――不幸なことに、トリスタンはこの泉にたどり着くことはなかった。
――泉は木下に作られたからだ。
――だが、リナルドは疲労した体で泉のそばにやってきてしまった。
――世界は大地と海に囲まれている。
――魔法の泉による波は、
――リナルドから愛を失わせてしまうのだ。
――それまで抱いいていた恋を失うだけではなく、
――恋の誇りと喜びを憎しみへと変えてしまうのだ。
――アルパン山の領主(※注 リナルドのこと)は強い戦士であるが、憂鬱な気分であった。
――いまだ日は高く、気温も高い。
――真珠の泉のそばにやってきた彼は、
――この美しい景色にうっとりとした。
――この上ないほど景色を堪能したあと、泉の水を飲んでしまった。
――すると、喉の乾きとともに、乙女への愛もまた消え去ってしまった。
――泉の清水の魔力によって、
――戦士の心はたちまち変化してしまったのだ。
――それから、リナルドは、見慣れない森の様子に驚きながら、
――一定のペースで泉に水がそそがる。
――水晶のような波と清らかな雨水と大地へと。
――泉の周りを包む春の花は、
――その縁を青々と染めている。
――また、松の木、ブナの木、オリーブは
――川の上に枝を張って木陰を作っていた。
――真昼においてこの木陰は最高の休憩所になっていた。
――ここは愛の川といい、いまだマーリンのかけた
――魔力はいまだ効力が消失していなかった。
――魔法の力によってこの場はちっとも変化していない。
――泉は大自然の美しさを備えたまま。
――そして愛の泉の水を味わったものは、
――誰であれ自分の行動を嘆くことになるのだ(※注 さっきのと逆に愛が芽生える)。
――リナルドはこの泉の縁にやって来てふちに座り込む。
――だが、さっき水を飲んだので、これ以上水を飲みたいと言う気持ちはない。
――それでも、この場は快適な木陰とせせらぎがあるので、
――彼はしばしこの場で休憩をしたいと考えた。
――休むために鎧を脱ぎ身軽になると、
――馬を自由にさせ、森で草を食べさせることにした。
――こうしてリナルドが一休みをしていると、
――やがて眠りについてしまった。
――仰向けになって睡眠を取っていると、運命のいたずらが
――この場に戦士たちが探し求めていたアンジェリカを連れてきた。
――彼女は喉乾いていたので、馬を飛び降りると、
――その馬を松の木に繋ぐ。
――それから川の中から一本の葦を引きぬいて、
――それをストロー代わりに、ワインをのむようにちびちび水を飲む。
――この水を飲むごとに、不思議なことがおこる。
――すなわち、水の魔力は
――川岸で眠るリナルドを見た瞬間、
――彼女を以前の彼女とは別人に変えてしまうのだ。
居眠りをしている騎士に心を奪われてしまったアンジェリカは、しばし愛と恥らいによってしばし躊躇してしまった。
彼女は、そばにあった花を摘むと、これをリナルドの顔に置いてみる。
すでに愛情を失っていたリナルドは、目覚めるとアンジェリカに対し嫌悪感を抱きつつも跳ね起きた。
彼女は、リナルドに交友と親愛を求めるものの、これは全くの無駄に終わる。
説得に疲れ果てた彼女は、ぐったりと草地に倒れこみ、しくしくと泣いているうちに眠り込んでしまった。
このとき、フェッラウがアンジェリカを探すため、またはアルガリアへの復讐のためにこの森にやって来た。
彼は、まさにアルガリアを発見した。アルガリアもまた姉を追いかけており、ちょうど馬を降り、木陰で眠り込んでいた。
フェッラウはアルガリアの馬を放し、藪の中に追い込んだ。
こうして、フェッラウはアルガリアの逃走手段を潰してから、じっくりと敵が目をさますのを待つことにした。
だが、フェッラウはそう長く待つ必要もなかった。
すぐにアルガリアは目を覚まし、馬が逃がされてしまったことに愕然とした。
フェッラウは目覚めたアルガリアの足元から、
「馬のことは気にするな。俺たちのうち、1人は生きては帰れない。
残ったおれの馬を勝った方の賞品にすれば問題はないだろう?」と告げた。
再び、2人の戦士の戦いが始まった。
やがて、フェッラウはアルガリアの鎧の隙間を通し、彼の心臓を貫いた。
この一撃でアルガリアは倒れこみ、死の間際、自分の名誉への配慮をすること、鎧は川に投げ込むことを依頼した。
これは、勝者の智謀によって魔法の武具を辱められるのを防ごうという目的で有る。
フェッラウは死にゆくアルガリアに同情し、彼の兜をそのように取り扱うことを約束した。
アルガリアはフェッラウの言葉にうなずくと、すぐに息を引き取った。
フェッラウはアルガリアが死んでしまうと、こと切れた彼から兜を脱がせる。それから、兜の頭頂部の飾りを取り除くと、自分の兜の飾りを取り付けた。
しかるのち死体を抱え上げ、馬に乗せると近くの川に向かって進む。
そして、アルガリアの死に際の願いはかなえられ、彼の死体ごと鎧一式は川に投げ捨てられた。
フェッラウは沈んだ気分で森の中、アンジェリカを探し始めた。
一方、オルランドもようやくこの冒険の劇場に到着した。
彼はこの上ないほど上品な様子で眠るアンジェリカを発見すると、驚愕しつつも彼女を凝視する。
しばらくして、オルランドはよりじっくりと彼女を鑑賞するために、アンジェリカの傍らに座り込んだ。
このとき、フェッラウがこの場に到着した。彼はオルランドのことをアンジェリカの護衛だというふうには考えず、オルランドのことを侮辱し、非難した。
オルランドは立ち上がると、ただちに弁明を開始した。
フェッラウは幾分驚きながらも、武力行使に訴えることになった。
こうして、2人の決闘が始まってしまう。
この騒ぎで目を覚ましたアンジェリカは、すぐさまこの場を逃げ出してしまう。
オルランドは「アンジェリカを追いかけるために停戦しよう」と提案したのだが、
勇敢なフェッラウは「断る。彼女は勝った方が獲得すべきだから」と言って拒絶する。
こうして、戦いはこれまで以上の熱気を伴い再開された。
ここで、著者は少し引用をしてみることにしよう。
――薄明かりの中で、
――しばしば愛とは良きものか悪しきものかと考えてしまう。
――愛は理の上にあるものか、下にあるものか。
――愛は拙い技をしくじらせるものではないのか。
――神か導くか、それとも失敗が罠に導くのか、
――これらは我らの意志をゆがめてしまう。
――血統や法が我らの行動を規律するのなら、
――従うも従わぬ自由というもの。
――2匹の猪を引き裂くとき、
――傷をおった雌牛を生贄にささげるとき、
――本能的で自然な
――愚かしいほどの狂気が見られるだろう。
――だが、欠如や思慮分別や注意力は、
――魅了や、意志へ影響するものから離れたところにある。
――愛とは、選択の果実のようだ。
――ヘブライ語やラテン語で、
――また異教徒がギリシア語などを使い、
――エジプトやアテネ、ローマなどで語ったり歌ったりしたように、
――我らは得てして誤った選択をしたり、
――真実を探し求めるのに無駄な時間を費やしたりするものだ。
――愛とは、なんとも気ままな神であり、天は暴君のように我らを支配する。
以上の引用の真実性は、まさにオルランドとフェッラウの戦いがそれを証明するだろう。
だが、この戦いは馬を駆って現れた異教の乙女によって中断された。
乙女はフェッラウの即時帰還と、オルランドに対してこれ以上の攻撃をしないことを求めた。
そこで、オルランドはすぐさま攻撃を中断した。
フェッラウが事情を尋ねると、異教の乙女は自分がフロドエスピナ(Flordespina、発音は適当)の親類であり、フェッラウの捜索を命じられたこと。スペイン(※注 どの程度史実を反映しているのか分からないが、史実だとシャルルマーニュ在位時のスペインはイスラム教徒の征服王朝である後ウマイヤ朝。フェッラウはそのスペインの騎士)が人の姿をした悪魔、セリカン王のグラダッソの侵略を受けていることを説明した(※注 セリカンは、「絹の国」で中国のこと。なぜかフランスを飛ばして、中国がスペインを侵略するのは妙な気がするが、ヨーロッパ的に異教徒はスペインから攻めて来るものだ、という意識があったからっぽい)。
しかも、フラットアイアンの王はすでに敗北し、バレンシアはすでに廃墟となり、アラゴンは破壊され、バロセロナは包囲攻撃を受けているという。
スペイン王のマルシウスは数々の災難で銷沈しており、希望といえばフェッラウを除いて他にない。
そのため、彼女がフェッラウの捜索のために派遣されてきたのである。
フェッラウは、騎士の義務と乙女への愛の間で逡巡した。
彼はすぐさまオルランドに休戦許可をとり、戦いを中断した。
こうして、オルランドはアンジェリカを追跡し、フェッラウはグラダッソと戦うためにフロドエスピナとともにスペインに向かった。
2010/06/10