2章 森のマーリン
マーリンは仲間達を戦いから呼び寄せると、死んでしまったペレドゥルの兄弟達を丁寧に教会で埋葬するように命じた。
それから、マーリンは悲嘆にくれ、悲しみをぶちまけた。
髪と服を引き裂いて撒き散らかし、地面を転げ回った。
ペレドゥル王はマーリンを慰めようとし、貴族や王子達もそうしたのだが、マーリンの心が慰められることはなく、嘆きの言葉をぶつけ続けた。
まる3日、食事もせずに嘆き続け、ついには悲しみがマーリンをやつれさせた。マーリンの苦しみが空をも満たすほどになると、激しい興奮状態になった。
マーリンは密かに出発し、誰にも見つからないように森に逃避した。マーリンは森にはいると、トネリコの木の下に隠れられるのをみて喜こび、動物達が空き地の草を餌にしているのに驚いた。
それから、マーリンは動物について走り回り、飛び回った。マーリンは草の根、葉、木の実や茂みの中の桑を食べて過ごした。マーリンは森を愛するうち、森の住人となった。
こうして、夏の間は野生動物のように森に隠れ住んだ。
誰にも見つからず、自分が誰だとか、家族のことは忘れそうになっていた。
だが、やがて冬が来ると草や木の実がなくなり、マーリンは生きて行けなくなった。そのため、マーリンは弱々しい声で嘆いたのだった。
「キリストよ、天の神よ、これはあんまりではないか?この世に俺が住める土地ってないのだろうか?ここには地面に草が生えていないし、木にはドングリすらない。19本のリンゴの木があって、毎年リンゴが実ったものだが、今は生えていない。誰が俺から木や草を奪ったのだ?突然、食べ物はどこに行ってしまったのだ?今理解した…食べるものがない!運命は俺と戦いを挑み、見ることを許可しつつ禁じている。いま、俺にはリンゴとか、とかく食べるものがない。木には葉も実もなっていない。この、葉っぱで体を覆うこともできないし、木の実を食べることもできない状況って言うのは危険だ。冬と雨を伴う南風は食べ物を奪ってしまった。なんとかして、地中からカブでも見つけられても、腹を空かせた豚とか猪が来て、せっかく掘り起こしたカブを奪って行くんだろうなあ。あぁ、君よ、人里はなれた荒野やら草原を一緒に放浪した親愛なる狼よ、お腹が減って動けないのだな。飢えは俺と狼を衰弱させたよ。狼は私が森に来る前からここに住んでいたが、年のせいか毛皮が白くなっているではないか。君は何も食べるものがなくて、何か他に獲物を得る方法も分かっていない。木々が茂っていたころ、君がヤギやら他の動物を捕まえるのをみて驚いたものだったのに。きっと老齢が君から血から強さを奪い、狩をできなくしているんだね。いま君にできるのは咆哮で空を満たし、地面に四肢を伸ばすことくらいなものだよ。」
このマーリンの叫びが潅木とハシバミの木の茂みに響くと、ある通行人の耳に入ることになった。
そこで通行人は進路を変更し、叫び声のする方へ向かうと、マーリンを発見した。
マーリンがその男を発見するが、通行人はすぐさまその場を離れ始めてしまい、男はマーリンを追いかけることになったが、逃げる男にはどうしても追いつけない。
逃げ切った男はそれから自分の旅を続けるのだった。実は、その男は過去にカンブリアのラゼルフ王の宮廷でマーリンと出会っており、マーリンの顔を知っていた。
そのリデルフ王の妻・ガニエダはマーリンの妹であり、マーリンの不幸を悲しんで、マーリンを連れ戻すように家来達を森などに派遣していたのであった。
が、ついに旅を続けていた家来の1人が先ほどの旅人とであい、会話をすることに成功した。その家来は、森とか湿地でマーリンと出会わなかったか尋ねた。
その結果、旅人はケリドンの森の藪でそういう人を見たが、マーリンが話そうと思って座ったところ、オーク林の中に逃げていったと話した。
この説明を聞くと、使者は森に向かい、深い谷から高山など薄暗いところでマーリンを探し続けた。
ある山の頂上には泉があり、周囲をハシバミの茂みと潅木で覆われている場所がある。そこにマーリンは座っており、森で動物が走り回っているのを見物していた。
そこに使者が山を越えて、足音を立てずにマーリンを探し回った。ついにその使者は泉と、泉の後ろの草地で以下のように嘆いているマーリンを発見した。
「あぁ、神よ、どうして4つの季節なんてお作りになられたのです?春は法則に従い花と葉を与え、夏は作物を、秋は熟したリンゴを実らせる。雨と雪を間断なくもたらし、また嵐を伴う氷の冬は、春夏秋に続いてやってきては全てを呑みこみ、崩壊させる。冬は大地の花、オークの木にドングリ、リンゴを消してしまう。あぁ、冬と霜がなきゃ良かったのに!夏か春ならカッコウがやってきて歌ってくれるだろう、ナイチンゲールの鳴き声は悲しみを癒してくれるだろう、キジバトは穢れのない誓いを守り、また新しい葉の中で他の小鳥がハーモニーを奏でる。この音楽は俺を楽しませ、大地も花や草を萌えさせる。そして泉は緩やかに流れ、その近くでは鳩の哀歌が眠りへいざなうのだ。」
使者はマーリンがシターン(ギターに似た弦楽器の一種)を使い韻律に乗せて嘆いているのを聞いた(和訳では再現しなかったが、原文は韻を踏んでます)。
ところで、この使者は狂人の興味を引き、心を穏やかにさせる方法をもってきていた。
それゆえに、マーリンが弦で奏でる悲しみを聞くと、マーリンの背後に隠れると、低い声で歌いはじめた。
「あぁ、嘆きにくれるグエンドロエナ!悲しみの涙を流すグエンドロエナ!私は可愛そうなグエンドロエナを哀れまずにはいられない。ウェールズにはグエンドロエナより美しい女性はいない。その美しさは美の女神、セイヨウイボタの花、満開の薔薇の花、芳しき百合の花畑を凌ぐ。春の栄光はグエンドロエナとともに輝き、2つの瞳は星の輝き、麗しき髪は黄金の輝き。だが、この美は失われた!グエンドロエナの美しさを失い、雪のような肌から色彩と輝きは消え去った。悲しみをまとい、グエンドロエナは昔の彼女じゃなくなった。王子(マーリンのこと)は行方不明で、生死も分からないからだ。哀れな夫人は生気を失い、悲しみにくれている。
兄が行方不明だからガニエダもグエンドロエナと泣き暮らしてる。一方が兄を、また一方は夫のために泣き、悲しみはより強くなってしまい、嘆きの日々を送っている。どんな料理も喉を通らず、夜の眠りも彼女達を癒せない。これでは、悲しみによって死んでしまうだろう。英雄アエネアスが出港した時、シドンのディドが悲しみのあまり死んでしまったのと変わるところはない(以下、モトネタはギリシア神話)。アテナイ王デモポーンが帰還しないのでピュリスは嘆き、ブリセイスはアキレウスの死で悲しみにくれた。このように、妹と妻は悲しみ、絶えず苦しみ続けているのだ」
使者はリラに合わせ、このように悲しげな歌を歌った。
彼の音楽はマーリンの耳を落ち着け、また歌い手とともに心を落ち着け、楽しませるのだった。
マーリンはすぐに立ち上がり、使者に対し穏やかに話しかけ、先ほどの歌と演奏をもう一度してくれるように頼んだ。
これを受けて使者はリラを演奏すると、少しずつマーリンの狂気は消え去り、甘い調べに魅了されていった。
ついにマーリンは理性を取り戻し、自分が何者かを思い出すと、狂っていた時のことを恥じるのだった。
心と感情を取り戻したマーリンは愛によって動かされ、妻と妹の名を口にしてうめいた。
そして、使者に対しリデル王の宮廷に案内してくれるように頼んだ。
使者はこれに従い、直ちに森を後にすると喜びとともに街へ帰還した。
ガニエダ王妃は兄の回復を、グエンドロエナは夫の帰りを喜んだ。
王もマーリンをふさわしい名誉をもって歓迎し、族長達も喜んで宮廷に押しかけた。