3巻1章 タタール王マンドリカルドの登場
著者はこの巻の物語の最初は、北方に呼び出されたある男について語り始めることにしよう。
北方には強烈な嵐が吹いており、またフランスは累卵の危機にあったが、さらにフランスはタタールの方面から来た新たな嵐によって脅威にさらされることになる。
この地域の皇帝であるマンドリカルドという男は、粗暴に振舞うことが多く、傲慢にも独裁的に物事を進めていた。
あるとき、1人の老人は身を投げ出して彼の非道な振る舞いを非難し、罪なき者や力なき者への虐待をやめるように諫言し、さらには殺された父親の復讐をするように言った。父の死というのは、彼を激怒させるに充分な出来事である。
こうして、マンドリカルドは、オルランドによって父親、つまりアグリカンが殺されたことを知ることになったのである。
老人の言葉によって心を打たれたマンドリカルドは、自分の個人的な武勇のみによって冒険をやり遂げることを決意し、武器も馬も持たず、身分を隠してただ1人だけで王国を立ち去った。
孤独に徒歩の旅を続けていくと、彼はアルメニア地域を通りかかった。そこでマンドリカルドは、泉の近くにあった天幕に忍び込んだ。
彼は天幕に入りながら、力づくでやり遂げるために必要なもの、すなわち馬と武器を探さなければいけない、と考えていた。
入口を守るものは誰もおらず、彼は天幕の中に入り込んでいると、泉の方からつぶやくような声が響いてきた。この声の主は冒涜的な好意をしたため、魔法で閉じ込められている男であった。
だが、マンドリカルドはこの声が聞こえなかったのか、それとも無視したのだろうか、相変わらず家捜しを続け、じゅうたんの上に置かれた鎧と、近くの松の木につながれた軍馬を発見した。
マンドリカルドはすぐさま鎧を身につけると、馬に飛び乗った。そして出発しようとしていると、突然に彼の前に炎が出現した。炎は辺りに広がって松の木を燃やすけれど、泉と天幕はまったく変わらぬ様子である。
マンドリカルド自身も炎に包まれ、鎧や服、さらに下着に至るまで焼かれてしまった。
苦しみを免れるため、身につけていたものが全て台無しにされた彼は、馬から降りて泉に飛び込んだ。
すると、裸で美しい女性の腕が現れて彼を抱きとめた。彼女はマンドリカルドにキスして、元気を取り戻すように言った。
それから、彼は妖精の罠に掛けられてしまったが、もし勇気と思慮があるならば、自分だけが助かるのみならず、多くの乙女と騎士たちおも救出することができ、この業績によって不朽の名誉を得ることができるだろう、と説明をした。
さらに彼女が言うには、この泉は妖精が作ったものであり、セリカン王グラダッソ、グリフォンとアクィランテ、その他多くの騎士と淑女たちを閉じ込めているという。
「あの丘の向こうに行けば」と乙女は言った。
「目の前に城が建っているのが見えるでしょう。そこに妖精がヘクトルの武具をしまいこんでいます。ただし、ヘクトルの剣のみは例外です。
アキレスのだまし討ちによって殺されたヘクトルが死んだとき、彼の剣はアマゾンの女王・ペンテシレイアが所持していました。
そして彼女が死ぬと剣は子孫を経てアルモンテ(※注 Almontes、発音は適当)に伝わりましたが、オルランドは彼から剣を奪い取ったのです。
この剣こそがドゥリンダナです。
また、剣を除くヘクトルの武具は、彼女に対し素晴らしい働きをしたアイネイアスに対して褒美として与えられたあと、彼によって運び出されました。
もし貴方にヘクトルの武具を手に入れようという勇気があるなら、あの魔法の城に入りなさい。
私が案内をして差し上げますから」
(※注 ヘクトルもアキレウスもギリシア神話に登場する英雄。『イリアス』を読むと、アキレウスは正々堂々と戦ってヘクトルを倒してます。ただ、クレタのディクテュスの作品といわれる『トロイア戦争日記』によれば、ヘクトルはアキレウスの待ち伏せにかかって討ち死にする。『恋するオルランド』では、イリアスではなくて後者の設定を採用している)
(※注 アイネイアスに武具を渡した「彼女」について、管理人はてっきりペンテシレイアのことかと思ったのですが、ブルフィンチ版の和訳だと妖精になってました。よく分からないのでぼかしてます)
乙女の提案に心引かれたマンドリカルドであったが、自分がまだ裸であるために冒険をためらった。
ただ、この問題は乙女によって解決された。乙女は三つ編みに結ばれていた髪をほどくと、自分と騎士の体を完全に覆ってしまったのである。
他人の眼から肌を隠してしまうと、彼ら手と手を取り合って泉から出発した。そして、途中で彼らは天幕の前を通過した。
乙女に言われて火がついたままの天幕に入ると、彼らは花を手にとって火を静めた。
それから乙女は出発するために合図をすると、鎧を身につけたマンドリカルドは待っていた馬に乗った。
完全武装した彼が飛び出すと、淑女も夫人用の小馬に乗り、ともに冒険に向けて前進した。
2010/09/20
top