第9章 リナルドはグリフィンとケンタウロスを退治すること

 

 

フロリマールの恋人がここまで話したとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

これを聞いた乙女はおびえてしまったけれど、リナルドは最善を尽くして彼女をなだめ、さらに森の中を進んでいった。

彼らはちょうど森の中ほどにいたのであるが、そこから森の4分の1ほどのところを目指して進む。

 

すぐにリナルドは、洞窟の中に1人の巨人がいることに気がついた。

この巨人は手に巨大な棍棒を握っていて、勇気のあるものですら、この巨人には恐怖を感じてしまうだろう。

そして、洞窟の両脇には1匹ずつグリフィンが鎖でつながれていて、このグリフィンと巨人が1匹の馬を守っている。

この馬こそ、かつてアルガリアが乗騎にしていた魔法の牡馬、ラビカンである。

 

――怪物の馬は魔法の生き物だ。

――その雌馬は火の粉と炎によって体が作られており、

――自然の法則を超えた不思議な存在である。

――風を受けて妊娠し、駿馬を生む。

――その子の力、速さ、美しさでは比類なきほど。

――こうして生まれた牡馬が、ラビカンだ。

――ラビカンは仲間の馬の食べる穀物や草を蔑視して食べず、

――空気を餌にして生きているのだ。

 

この魔法の馬は、アーデンの森において、魔法で彼の前の主人となっていたアルガリアが、フェッラウとの邂逅によって死んでしまうと、解放された。

自由の身になっていることに気づいた馬は、生まれ育った洞窟に帰ってくると、巨人とグリフィンたちの保護の下、安全に暮らしていたのである。

 

リナルドは勇気を出して、巨人たちによって殺されてしまった犠牲者の骨で白くなった地面を、慎重に進んでいく。

まず、彼は巨人を攻撃した。しかし、巨人は魔法の兜を身につけていたので、脳震盪以上の効果を得ることはできなかった。

だが、幸いにも第2撃で巨人の心臓近くに怪我を負わせることができた。

巨人は逃げてしまったが、その前にグリフィンたちの鎖を解き放った。

鎖から離れたグリフィンのうちの1匹は巨人の足をつかみ、空へと飛びあがる。

リナルドの頭上に浮かび、そのうち抱えた巨人を上から落として攻撃するつもりなのである。

だが、リナルドはその戦闘能力と勇気によって、いくつかの目覚しい活躍をしてきた剛の者だ。落下による攻撃をうまくかわしたので、巨人はこのパラディンになんらの怪我を与えることもできないまま地面に激突した。

 

もう1匹のグリフィンも空に飛び上がり、リナルドに襲い掛かった。

リナルドは機会を捉え、雌グリフィンが必死になって降下攻撃をする隙をついて攻撃し、怪我を負わせた。

それでも雌グリフィンには、リナルドの兜めがけて第2の飛翔攻撃をする余力を残していたので、爪を出す。

この爪は、マンブリノ(※注 騎士道物語に出てくる、架空のイスラム王)の魔法の兜以外ならば、いかなる兜も切り裂くことはできるのだ。

 

グリフィンが何度も降下攻撃を繰り返すが、リナルドはうまく避けたり、受け流したりした。

この間、乙女はそばで戦いを目にし、震えながら立っていた。

こうして戦いが続いていくと、リナルドにとって条件が悪いことに夜が近づいてきた。

リナルドは闇の中で敵を識別できるのか、という不安に駆られた。

そこで、決着をつけてしまうために、必死の作戦に打って出た。

怪我の痛みで気を失うふりをして倒れこむと、油断して近寄ってきた雌グリフィンに一撃を加え、羽を一枚切り落としてしまったのだ。

弱ったものの、グリフィンは鉤爪でもってリナルドを攻撃し、胸甲と鎖帷子に傷をつけた。

だが、リナルドは死に物狂いで剣を使い、ついに怪物を殺してしまうことに成功した。

 

フロリマールの恋人は、リナルドに対して馬に乗って、さらに旅を進めるように頼み込んだ。

だが、リナルドは1頭の馬に2人乗りの冒険を続けるのはまずい、と考えたので、魔法の馬を得るため洞窟の要り口に向かった。

と、リナルドは扉のところに一枚の画板をみつけた。

 

――その画板は、大理石のようなモザイク模様に覆われていて、

――真珠とエメラルドを散りばめたような素晴らしさ。

――少しでも知識のあるものが、ほんの少し目にしただけでも、

――この画板について値がつけられないほどの宝物と評価するだろう。

――画板の中央には乙女が殺される様子を描いた絵が描かれている。

――そして、黄金の説明書もおかれており、

――伝説について記載している。「ここを通るものは、

――誓って我が復讐を果たし、我が権利を果たされますように。

 

――さもなくば、ここを通るものに死を。

――だが、我を殺した裏切り者を殺すことを誓うのならば、

――この魔法の駿馬をそのものに与えよう。

――この馬は風より早く駆けるものなり」

――貴公子(リナルド)は逡巡することなく、この場で誓いを立てた。

――厳粛な態度で、彼は約束しをした。

――すなわち、生きようが死のうが、

――乙女を虐殺して打ち捨てた者に復讐をするということを。

 

――洞窟内に入ると、すぐに駿馬が目に入る。

――素晴らしい速度をうたわれた馬は黄金の鎖につながれ、

――白い絹の敷物があてがわれていたほか、

――馬に対して必要なものすべてがそろっていた。

――まだら模様の尻尾を除き、胴体はタールのように漆黒で、

――額が白いことが馬を際立たせている。

――また、足の1本も白で残りは黒毛。

――ただ、バヤールに力では劣っていただろうけど、

――矢のような速度で走ることができるのだ。

 

リナルドは喜びながらこの馬を観察した後、鎖でつながれている本を調べた。

この本には、血を使って乙女の死について記されていた。

本はバルダッサのチュフラルデイノ王(Baldacca、発音は適当。ググっても詳細不明。Truffaldinoも発音は適当。イタリアの劇に同名の道化師が出るみたいだけど、詳細不明)と、優れた美徳を持っているその隣人について叙述していた。

だが、その貴族は悪意を隠しており、王を非常に嫌悪していた。彼の名はオリセッロ(Orisello)といい、モンテファルコーネ(現イタリアのマルケ州の地域)に居城を持っていた。

オリセッロにはアルバローザ(Albarosa、発音はたぶん正確)という名の優秀な妹(原文はsisterだけど、いちいち「姉妹」と訳すのは日本語として不自然なので、便宜的に妹にする)がおり、彼女は美徳と勇気について同じ位に優れているポリンド(Polindo、発音は適当)という高貴な騎士を愛していた。

 

さて、オリセッロの城は岩地に建築されており、充分に防衛対策がなされていた。

伯爵に戦いを挑んだチュッフラルディノは、なんどか攻撃をしたこともあったけれど、常に城を陥落することはできなかった。

このような状況下で、旅好きのポリンドはしばしば宮廷から宮廷を渡り歩いており、チュッフラルディノの宮廷にやってきた。

王は悪しき魂胆を持っており、ポリンドに対して非常な好意を見せた。

そうしてポリンドの信頼を得ると、彼とアルバローザの仲を取り持つことを協力することを約束した。

こうして、ポリンドは王の城から1日ほどの距離があるモンテファルコーネについての情報などを喜んで喋ってしまった。さらに、ポリンドはアルバローザに対して駆けおちなども持ちかけることになった。

さて、ポリンドとアルバローザが楽しく夕食などしているうちに、チュッフラディノは家臣たち一行を率いて秘密のうちに地下道からモンテファルコーネの城に進入し、2人をともに縛り付けてしまった。

さらに王はオリセッロを罠にはめて虜にするために、アルバローザに対して兄に向けて手紙を出すように命じた。

彼女がこれを拒否すると、暴君はポリンドの目の前で彼女に拷問を加えた。

結局、アルバローザは最後に息を引き取る瞬間まで、王の命令を拒み続けたのだった。

 

リナルドは、これまでに述べてきたような凄惨な歴史を読み終えると、再びこの卑怯者へ復讐することを近い、ラビカンに跨って洞窟を出た。

だが、森の中にいると日が暮れてしまったので、リナルドと乙女はそう遠くまで移動することができなかった。

そこで、彼らは馬を下り、馬をつないでしまってから休憩することにした。

 

 

――熱心な乙女の傍らでリナルドは眠る。

――時も場所も美女も、彼を動かすには至らない。

――ここで、全ての心配ごとに対して不動の心と精神を得られる、

――とっておきの解毒剤がなんであるかを学ぶことができるだろう。

――種をまいて刈り取る物、

――あるいはトーナメントに参加するものは、決して愛を死なせない。

――だが、この物語は意地悪にも

――丸太のようなやりかたでなく、わらくずみたいに不十分なやりかたしか説明できない。

 

――周囲の大気が軽くなり、

――沈む太陽が、まだ黄金の光をさしている。

――空では星がかすかに、弱々しく輝いて、

――小鳥たちは楽しげに朝の歌を歌っている。

――まさに、昼でも夜でもない時間。

――乙女がリナルドの寝ている方を見てみれば、

――彼女はベッドにしている草たばの方から音を立てないように忍び寄り、

――疲れて眠っている戦士を眺めている。

 

――精悍な顔は眠り込んでいるが、

――その姿は若くて頑健な騎士。

――光の中にわき腹と、大きな胸板が照らされている。

――彼の口元には、男性的なひげはかすかに生えているのみだが、

――乙女にとっては新しく見つけた彼の愛らしい部分である。

――眠り人がみせる寝顔というのは、

――このうえなく美しさと優美さをそなえるものであるのだ。

 

乙女はリナルドをじっと眺めていたのだが、突然響いた轟音に彼女は驚愕した。

音のした方に目を向ければ、獅子を連れたケンタウロス(半人半馬の怪物。セントール)がいるではないか。

そのケンタウロスは、ちょうど片手に棍棒を構えたところで、もう片方の手には3本の投げ矢を持っている。

轟音で目を覚ましたリナルドは盾、というより盾の残骸を握り締めた。グリフィンとの戦いで盾は半ば壊れてしまっていたのである。

これに対し、ケンタウロスは獲物をそのままに残して飛びのくと、少しの距離を開け、パラディンに向けて投げ矢を飛ばす。

これに対しリナルドは素早い動きで矢を避ける。そこで、ケンタウロスは棍棒を手に突撃してきた。

ケンタウロスの圧力に対し、彼は松の木を背負って耐え切ると、フスベルタの剣で戦いを続けた。

最初、跳躍力に優れたケンタウロスの方が騎士よりも優勢であるかのように見え、前に後ろに騎士を脅かした。

また、騎士に対して2倍の不快感を与える方法を思いついたケンタウロスは、婦人用の小馬に乗っていた乙女の方に向けてギャロップ走法で駆け寄る。

情欲から乙女を捕まえたケンタウロスは、彼女を背に乗せると森の中を逃げ去った。

 

ラビカンに乗っていたリナルドは、すぐさまケンタウロスを追跡する。

速度に勝るリナルドの馬は、たちまちに距離を縮めてゆき、流れの速い川のふちで獣を追い抜いた。

すると、ケンタウロスは背負っていた乙女を川の中に投げ込んでしまい、乙女は流されていってしまった。

こうして、リナルドとケンタウロスの戦いが、再び始まった。

まずは岸辺で戦い、ついで水中戦を繰り広げたが、リナルドは敵を殺し、雪辱を果たすことに成功した。

 

だが、怪物退治に成功したからといって、乙女の行方が分かるわけでもない。

リナルドは、乙女から頼まれていたオルランドたち探しがうまくいくことを祈りつつ、すでにここまで関わってしまった冒険の方を続けることを決意した。

あわれな乙女の道案内がなくなってしまったため、乙女が事前に目指していた北を目指してリナルドは日を続けることになった。

 

さて、ここで著者はテュルパン司教の残した物語にしたがって、再びアルブラッカの情勢について語らなければならない。

 

2010/06/20

 

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