第6章 リナルドとアルタリパ城の怪異

 

 

さて、著者は再びリナルドに付いて語らなければならない。

彼は自動的に動く船に乗って陸地にたどり着いたけれど、そこはジョイアス・ガーデン(『喜びの庭』)と名付けられた場所であった。

リナルドが上陸すると、すぐに1人のレディが現れた。彼女はリナルドの手をとって、宮殿まで案内する。

宮殿には侍女たちが控えており、壮大で贅を尽くしたすばらしいものであった。

侍従長が言うには、「これらは、すべてリナルドさまへのために用意されたものです。というのも、ここの女主人がリナルドさまに恋をなさったからでして、スペインから宮殿まで移動させたのも、女主人でございます」

 

リナルドが驚いていると、侍従長は、「ここの女主人とは、アンジェリカです」と宣言した。

この名を聞くと、たちまち素晴らしい宮殿が色あせてしまった。

激怒したリナルドは庭に飛び出すと、上陸地点まで走り続けた。

例の泉の水のせいで、リナルドはアンジェリカを憎悪するようになっていたからである。

船着場にたどりつくも、船は動かせなかった。そのためリルドは絶望して海に飛び込んだところ、船が岸を離れて波間を漂い始めた。

 

やがて、リナルドは木が生い茂った岸にたどりついたので、今度はここに上陸した。

その岸辺には白髪の老人がいた。その老人は、リナルドに対して悲しい物語を聞かせた。

人拐いが、彼の娘を連れ去ってしまったと言うのである。

 

話を聞いたリナルドが誘拐犯を探してみたところ、途中で落とし穴の仕掛けにはまり、巨人の捕虜にさせられてしまった。

巨人はリナルドを岬に建っている城に連行した。

この城は、体や頭に重傷をおった人間を収容しており、そのうちの一部は死の恐怖で震えていた。

巨人は建物に入ると、リナルドを恐ろしげな容貌をしている老婆にむけて投げ出した。

 

老婆は叫び声をあげてリナルドを迎えた。

――「お話をしよう、騎士さまは聞いたことも見たこともない話を。

――私たちの城がどんな風に使われるのかを話してあげよう。

――お前に残された時間はあと少し、

――たったの1日だけなのです。さぁ、話てしまおうか。

――ある伝説があるのです、

――話せばお前や私が憂鬱になるような伝説です。

――お前は悲しい物語を聞くべき空間にいるのです。

――明日になれば、血にまみれたお前は私の言うことが真実だと知るでしょう。」

 

こう前置きをすると、彼女は物語を始めた。

「騎士さま、以前、この城はお金持ちの領主の持ち物でした。

それに、領主は壮大で、客人を手厚くもてなすことで有名な人であり、並ぶものがないほど美人の奥方さまがおりました。

このアルタリパ城の主はグリフォンと呼ばれており、奥方の名前はステラといいます。

領主は、今朝あなたがやってきた、あの岸辺にある緑林を散歩することが趣味でした。

ある日、領主が森を散歩していると、狩猟用の角笛を吹いている人に出会いました。主は、この方を城に招待したのです。

このときやってきた客はマルキーノといい、アロンダ(Aronda,発音は適当。現在のインド、マハーラーシュトラ州にある)の領主で、私の夫でした。

夫は奥方であるステラの魅力に参ってしまい、彼女をものにするまでは休むことができない有様でした。

そこで、マルキーノは邪悪な意図を隠しつつ、友好的に振舞ったのです。

この裏切り者が、城を去った後の話です。彼は城主のグリフォン(グリフォンは人名。オリヴィエの息子とは同名だけど無関係)と旗の形が似ていたので、偽の旗を作り上げ、こっそり連れてきた家来たちを森に隠した状態で、再びこの城にやってきました。

彼は非武装の領主を追撃しました。

グリフォンは彼を探しましたが、猟犬が次々に殺されて減っていくのに耐えられず、自分自身も捜索に参加しました。

こうして、グリフォンは待ち伏せの罠にかかり、暗殺されてしまったのです。

恋敵を抹殺したマルキーノは、偽造しておりたグリフォンの旗印をつかいアルタリパ城に侵入し、ステラを除く全ての人間を殺し尽くしたのです。

 

ステラは捕まっている間、密かに復讐を計画しておりました。

しばらく計画をねった後、彼女は恐るべき「憤怒の獣」を使うことを決心したのです。その獣とは、かつては愛されていたけれど、男に飽きて捨てられた妻のこと。すなわち、この私にほかなりません。

そういうわけだから、ステラは、獣の残虐な行いも正当化されると考えたのです。

 

私は、私とマルキーノとの間にできた2人の子を八つ裂きにして殺しました。

考えてみてください、子どもを殺してまで復讐に勝利した私のことを。

子どもの頭だけを残し、体は料理して哀れな夫の夕食にしてしまいました。

この後、私はオルガーニャ(Organga,発音はたぶんイタリア風で正確)の王のもとに向かいました。オルガーニャ王は、かつて私に求婚していたので、味方になると思ったのです。

私はオルガーニャ王を扇動し、マルキーノへの復讐のため軍隊を編成させると、これをアルタリパ城に出兵させました。

 

私が使いに出されたとき、ステラはだらしない髪をしており、口元には笑を浮かべていましたが、夫を殺した男のモノとして過ごす彼女の心の中は辛いものでした。

2人の子の死体を食べさせた点については彼女の協力もあってのことです。彼を恐ろしい悲劇が襲う前に時点で、いくつも彼女のアシスタントがあったのです。

裏切り者のマルキーノは、女体への色欲と復讐との間でしばしためらったものの、結局はステラを殺してしまいました。

 

神にとっても人にとっても、道徳に反することでしょうが、私がオルガーニャ王とともにアルタリパ城にやってくるまで、マルキーノは不信心に淫蕩にふけっていました。

少しだけ抵抗はありましたがアルタリパ城は私たちによって制圧され、マルキーノは虜囚となりました。そして、彼にふさわしい拷問を受けて死にました。

 

オルガーニャ王は、3人の巨人を護衛に残し、私をアルタリパ城の主としてから立ち去りました。

このあと、私は、野蛮なるマルキーノの非道な行いによって殺されてしまった、不幸なステラとグリフォンの遺体を同じ墓に埋葬しました。

その8ヶ月後、大理石でできたステラとグリフォンの墓から、恐ろしい鳴き声が聞こえてきたので、これを耳にした私たちは震えながら逃げ出しました。

他の巨人よりも勇敢な1人が、大胆にも墓石を動かしてみたところ、中から怪物の爪が伸びてきて、巨人を墓の中に連れ込んだ上、生きたまま巨人を貪り食ってしまいました。

そこで、すぐさま墓石を壁で囲んでしまうことにしました。怪物の攻撃を防ぎ、また墓から出てこられないようにするためです。こうして、私たちの封印によって、怪物はいまでも墓の中に閉じ込められたままなのです。

ですが、人肉を求める怪物の狂気はすさまじく、壁を引き裂いて出てくるのを防ぐためにも、私たちは人肉を供給する必要があるのです。

そのため、この城では異邦人はすべて捉えた上、怪物の餌にすると言う習慣があるのです。

壁のところに、怪物が八つ裂きの死体の食べ残しが散らかっているのが分かるでしょう?

こんなことをしていますが、これも必要に迫られてのこと。私の心は残虐な行為に疲れ果ててしまい、もはや生きることに何の楽しみもないのです」

 

リナルドは、厳粛な面持ちで、黙ったまま老婆の話を聴き終えた。

鎧をまとい、手にはフスベルタを握り締めたリナルドは、これ以上、怪物を放置しておくわけには行かない、と考えた。

苦々しく嘲りの微笑を浮かべた老婆は、リナルドを夜の終わりまで地下牢に押し込めた。

 

翌朝、リナルドは壁の隙間から、怪物のいる壁の内側に降ろされた。

この怪物は、マルキーノがステラと情交した結果生じた恐るべき生き物だ。

必死の戦いが繰り広げられたが、リナルドは怪物の鱗に対してさしたるダメージを与えることができなかい。その逆に、怪物の攻撃はリナルドの鎧を引き裂くことができた。

絶望的な戦いが続くうち、怪物はフスベルタに噛み付いて、これを取り上げてしまった。もはや剣を奪われたリナルドには反撃の手段がない。

 

ここで、著者はリナルドのことはここまでとして、恋に悩み苦しむ女性について語らなければならない。その女性とは、アンジェリカのことだ。

彼女は、マラジジに任せた作戦がうまくいくかについて、ハラハラしながら待っていた。

到着したマラジジはリナルドを連れてくることに失敗したことを報告すると、自分への叱責を防ぐために乙女を慰めた。

そして、マラジジは危険な小道で哀れにもリナルドが落とし穴によって虜になったことを告げた。

一応、リナルドがアルタリパ城に連行されたこともマラジジの作戦のうちであったのだ。

しかし、アンジェリカはリナルドの身を案じて酷く不安になり、マラジジを叱責した。

 

マラジジは、「まだ遅すぎると言うわけではありません。何とかする方法はあります」と言った。

そして、投縄状になったロープと、松脂を含んだケーキ、やすりを差し出した。これらはリナルドを救出するための道具である。

道具の使い方を説明されたアンジェリカは、空を飛んでリナルドの救出に向かった。

 

そのころ、哀れなリナルドは壁から伸びる桁(はり)の上に飛び乗り、もはや生き延びる希望もほとんどない状態で生と死の狭間にいた。

絶えず攻撃してくる怪物の爪は、ときどきリナルドの体まで到達する。

ついに夜がやってきたとき、リナルドは突如、アンジェリカがやってきたことに驚かされた。

彼女は宙に浮いたまま、リナルドに跪く。

アンジェリカは彼をこのような危難に巻き込んだことを悔いており、両手を広げると、この場を逃げるために手に捕まるように言った。

だが、憎しみの泉の影響で、リナルドはこの提案を拒否した。

そして、いますぐ彼女がこの場を立ち去らないのなら、自分は桁(はり)から飛び降りて怪物の餌になる、と主張した。

 

彼女は、しばらく説得をしたものの、これが失敗してしまう。

アンジェリカは下に降りると、怪物目がけて松脂入のケーキを投げつける。さらに、あたり一面に投縄つきのロープを張り巡らせた。

ケーキを食べた怪物は、松脂で歯がくっついてしまい、怒りに任せてあたりを跳ね回る。すると、アンジェリカが作ったロープの罠に引っ掛かってしまった。怪物はロープにもつれてしまったのである。

 

ロープに絡まって動けなくなった怪物であるが、その鱗はいかなる攻撃も受け付けない。いくらリナルドが怪物を殺そうと攻撃しても、まったく無駄な努力であった。

そこで、リナルドは怪物の首まで飛び上がると、怪物の眼窩から目玉が飛び出すまでの間首を絞め続けた。

こうして、怪物は苦しみの末に窒息死した。

 

だが、リナルドにはもう1つの困難が残っている。

周囲を覆う壁は高く、唯一ある窓も鉄格子がかかっており、フスベルタを使ってもこれを切り裂くことはできない。

しょんぼりとしたリナルドであったが、彼は足元にやすりが落ちていることに気がついた。

このやすりは、彼を救出するためにアンジェリカが置いていったものである。

 

やすりを使って脱出したリナルドは、たちまち老婆やその護衛の巨人たちに発見され、取り囲まれてしまった。

だが、逆にリナルドは巨人たちを殺してしまう。護衛たちが殺されていくのを目にした老婆は、300フィートの高さのバルコニーから身投げして果てた。

 

さて、リナルドはアルタリパ城を後にすると、海岸まで引き返すことにした。

彼は再び例の船に乗る気はしなかったため、海岸沿いを歩くことにしたのだった。

 

2010/06/13

 

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