第10章 アンジェリカが援軍を求めること
さて、ここで著者はテュルパン司教の残した物語にしたがって、再びアルブラッカの情勢について語らなければならない。
アルブラッカ市内にただ1人だけ取り残されたタタール王アグリカンは、敵軍の中を包囲されてしまっていた。
彼はこのような窮地に追い込まれはしたけれど、これまでに恐るべき破壊活動を行っていたことが幸いした。
あちらこちらからアグリカンの部下たちがやってくると、自分の身の守りを考慮せずに城壁の侵入しやすいところから入り込んでアルブラッカを混乱させたのである。
こうしてアグリカンは救い出されたが、町の中は嵐に見舞われるがごとき惨状であり、住民たちは哀れにも剣による被害を受けた。
アンジェリカと、彼女の護衛に当たる騎士のうちの何人かは、岩地に立てられた砦にこもって彼女を守る。なお、このアンジェリカを守る騎士のなかには、あのチュッフラディノも含まれていた。
さらに、近くにいたすべての者が姿を消したころ、サクリパンも砦にやってきた。
砦は難攻不落とは言えど、兵糧はほとんど残っておらず、食料以外の必需品も足りない状況にあった。
この状況下で、アンジェリカは砦を封鎖することを宣言し、あわせて援軍を探すための冒険に出発することを宣言した。
帰還すべき期日を約束したアンジェリカは、魔法の指輪を装着しつつ、砦を出発した。
婦人用の小馬に乗った彼女は、指輪の魔力を使わず夜のうちに敵軍の野営地を通過し、日の出までに野営地からかなりの距離の地点まで馬を進めてしまったのである。
チェルケスの近くにあるオルガーニャにたどり着いたアンジェリカは、ひどく悲しんだ様子で泣いている老人に出会った。
老人はアンジェリカに対し、病で死にそうになっている1人息子を助けてくれるように頼み込んだ。
アンジェリカは医療にも精通していたので、老人の頼みを聞き入れ、馬首を返すと老人に同行した。
だが、この老人は裏切り者であり、さきほどの話は彼女を捕まえるための嘘であった。
老人は、女性を騙して捕獲するためにオルガーニャ王に仕えており、騙した乙女たちを川の上に建築された塔に運び込むことを仕事としていた。この塔は、王のために捕らえた者たちを閉じ込める目的で作られたものである。
老人について行ったアンジェリカは、部屋に閉じ込められてしまった。
そんな彼女は、ようやく他のたくさんの乙女や婦人たちとともに虜囚にされたことに気がついた。
そんな女性たちの中には、フロリドリという乙女がいた。彼女こそフロリマールの恋人(※注 5章で登場した乙女。名前はここが初登場)であり、ケンタウロスによって川に投げ込まれた後、漂流した彼女は半死半生の状態で邪悪な老人によって引き上げられたのである。
フロリドリはこれまでの冒険について、つまりドラゴンティナの庭園で妖精の魔力によって、オルランドやフロリマールのほか多くの勇敢な騎士たちが閉じ込められていて、それを救出するためにリナルドと冒険をしていたことについて語った。
フロリドリの話を聞いたアンジェリカは、心中で喜んでいた。
援軍を得るという目的に役立ちそうな情報を聞けたからである。
彼女は、新たな犠牲者が部屋に押し込められる際、魔法の指輪を口にくわえて姿を消すと、こっそりと部屋を抜け出した。
自由を取り戻したアンジェリカは、ドラゴンティナの庭園に行く。
指輪の力で姿を消した彼女は、またも指輪に触れさせることでオルランドやフロリマール、その他の騎士にかけられていた魔法を解除した。
それから、アンジェリカは意識を取り戻した騎士たちに対し、自分の国を救う手助けを懇願し、一緒にカタイの首都アルブラッカに来てくれるように依頼した。
こうしている間、首都アルブラッカの砦では反逆事件がおきていた。
いつも不誠実なチュッフラディノはサクリパンやその他傷つきベッドの中にいた貴族たちをまとめて捕虜にしてしい、彼らをひどく狼狽させた。
これを成し遂げると、チュッフラディノはアグリカンに使者を送り、要塞は自分の手に陥落したことを伝えたのである。
しかしながら、チュッフラディノによる予想外の提案を受け取ったアグリカンは、彼のことを臆病者の裏切り者と罵倒した。
アグリカンは、武力によって砦を陥落させられるのに、あえて卑劣な手段によっては利益をえることは決してしない、と宣言した。
アグリカンは守備軍の窮地を知っており、そう時間をかけずに必ずや砦は自分のものとなり、そうなればチュッフラディノを踵から吊り下げの刑にすることを宣言した。
こういうことがあった直後、オルランドは仲間である9人の騎士とともに、アンジェリカを中心に添えてアルブラッカの手前の地点に到着した。
彼らはアグリカンの野営地に突撃すると、ついに砦の前までやってきた。
だが、いまだチュッフラディノが占拠している。チュッフラディノは城壁に上に現れると、サクリパンたちからの報復から永遠に自分の身を守ることを誓うのなら、オルランドとその仲間たちだけを砦の中に入れることを宣言した。彼は投獄されることを防ぎ、自分の身を守る必要があったのだ。
オルランドは憤然としてこの申し出を拒否したが、呼び出されたアンジェリカはこの条件に同意したため、同行者たちも条件を受け入れた。
こうして誓いが締結されると、戦隊は要塞の中に入った。
砦に入ったアンジェリカたちは、兵糧が不足していること、出撃ができるかどうかは配給いかんにかかっていることを知ることになった。
そこでオルランド、フロリマール、エイドリアン(Adrian)、クラリオン(Clarion)、獅子のウベルト(Uberto of the Lion)らは兵糧確保にあたり、その間、ガリフォンとアクイラント(Aquilant )がアンジェリカと砦の保護のため、首都アルブラッカに残ることになった。
オルランドとその友たちは吊橋を降ろし、大胆にも騎馬で敵軍の野営地に突撃する。
アグリカンは寡兵で突撃してくる様子を見ると、わずかな部下を選び出して、残りの軍を引かせるように命令した。これは、必死に決戦を挑むオルランドと自分との間を公平にするためである。
この命令が実行されると、アグリカン軍の優勢はほとんどなくなってしまった。
アグリカンとオルランドが互角の状況になったことに気づくと、両陣営ともに驚きの声が上がった。
さらに、このとき砦からも援軍が到着したことを告げるため、大声で叫び声をあげられた。
この援軍はガラフロンが立ち上げた軍であり、アルブラッカ解放せんとして集まったものだ。
まず、先陣は部下の巨人によって指揮されていた。
そして第二陣を率いるのはマルフィーザ。若きインドの女王であり、幼いころ、3人の王を虜囚にするまで、鎧から離れないことを誓った女武者である。ここで彼女が虜囚にすることを誓った3人の王とは、フランス王シャルルマーニュ、セリカン王グラダッソ、タタール王アグリカンといずれも大物ばかりである。
最後に、後衛はガラフロン自身が指揮を執っていた。
すぐさま巨人が率いる先陣は、包囲軍との交戦に入る。
巨人武将は巨大なハンマーを武器としており、敵軍を掻き分けて崩壊させると、ただちに破壊と混乱をもたらした。
自軍が総崩れになっていく様子に気づいたもののアグリカンは、恋するアンジェリカを得るためオルランドに対し、決闘は明日の朝まで中断してくれるように頼み込んだ。というのも、なんとか軍を立て直す機会が必要だったからである。
オルランドは快く申し出に同意するのみならず、アグリカンに対し軍の指揮を手助けしようとまで言った。
アグリカンはオルランドの援助に対しては礼儀正しく断り、すぐさま先陣で戦う巨人に向けて突貫し、彼を落馬させた。
そして、巨人については自分の部下たちが短剣で傷つけるのに任せ、アグリカンは巨人の率いていた軍を攻撃する。
これで戦いの流れは変わった。
混乱する先陣は、ちょうどマルフィーザが戦場から離脱し、木陰で昼寝をしていたため立て直されることはなかった。
――だが、女王は部屋付きの侍女に対して話しけける。
――「私の命令に従って欲しいのだわ」と、マルフィーザは言った。
――「我らインド軍が崩壊するときは、
――指揮官たるガラフロン王が死ぬときなのだわ。
――そうなるときまで、起きる気はしないの。
――もし私が言ったとおりになったら、馬を連れてきて、私を起こして頂戴。
――だけど、そうなるまでは何もしないの。
――腕一本で、今日という日を変えて見せるわ」
先陣が崩れていくのを目にしたガラフロン王は、軍を引き上げさせるべきか、それとも壊滅させるまで戦わせるか、どちらにしようかと考えた。
彼は決断をすると、馬に拍車を入れて敵軍に突撃した。
このとき、彼の娘のアンジェリカは城壁の上から様子を見ていたので、すぐさまオルランドに向けて、父を援護して欲しい旨の使者を送った。
これによって、彼に対し、アンジェリカが観戦していることを思い出させるのである。
だが、著者はこの物語についてはここまでにして、リナルドについて語らなければならない。
2010/06/20