39章第2話 妖精王がキューンヒルトを誘拐すること
ある日、ディートライプの妹、美しいキューンヒルトが侍女たちと緑の草原でダンスを踊っていた時のことである。
彼女が菩提樹の元に向かって歩いていると、突如として彼女の姿が消え失せてしまった。
ドワーフ王・ラウリンがこっそり彼女に近づくと、菩提樹の下にいた彼女に対して『幻惑のマント』をかぶせたのである。
このドワーフ王はかねてから彼女の美しさを愛しており、自分の妻にしたいと願っていたのである。
こうしてキューンヒルトを誘拐したドワーフ王は、チロル山脈(※訳者注 アルプス山脈の一地方だそうです)にある自分の居城に連れ帰った。
ディートライプは妹を非常に愛していたので、キューンヒルトの誘拐差れた話を聞くと、その胸は悲しみで一杯になった。
すぐさま彼はガルダ(※訳者注 ヴェローナ近くにある街)の城に住んでいたヒルデブラントのところに行き、援助を嘆願した。
「妹をさらったラウリンの城はチロル山の真っ只中にあります。
そして、城の前には素晴らしき薔薇園があります」
と、ディートライプは事情を説明する。
「もしもキューンヒルトの救出にむかうと言うのなら、多くの騎士が命を落すことになるだろう」ヒルデブラントは言った。
「だが、それでも王子とその騎士たちに相談してみるしかないな」
ディートリッヒの騎士たちが、ドワーフ王ラウリンによってキューンヒルトが誘拐されたことを知らされると、まずはウォルフハルトがいつものように豪胆な様子で、
「私1人だけであろうとも、美女を救いに出発します」
ディートリッヒはこの発言を聞いたけれど、これに対して返答しようとせず、老賢者ヒルデブラントに対して質問した。
「ラウリンの薔薇園について知っているか?」
「話に聞いたことがあります」と、ヒルデブラント。
「薔薇園には、黄金の門が4つあるそうです。
ですが、薔薇園には城壁はありません。
その代わり、絹の糸が張られており、この絹糸を切ったものはドワーフ王によって右手と左手を切り取られます。
ドワーフ王ラウリンは美を極めた薔薇園を監視しているのです」
ヴィテゲは言った。
「ふん、心配はないさ。
ラウリンだって自分より強い奴が薔薇園に入ったとしたら、そいつの腕やらを切り取ったりできないからな」
「とにかく、行くしかないだろう」と、ディートリッヒが口を開いた。
「我らはキューンヒルトを探しに行くだけだ、薔薇園を荒らすことが目的ではない」
こうして、王子はドワーフ王・ラウリンの住むチロル山に向かって出発した。
それに従うのは、ハリブラント(Heribrant、発音は適当)の息子のヒルデブラント。ヴィーラントの息子、ヴィテゲ。ヒルデブラントの親類、ウォルフハルトである。
この集団で先頭を進むのは、ディートリッヒとヴィテゲである。
これはヒルデブラントが王子に対し、「そういえば、王子がドワーフに勝っているのを見たことがありませんな」と、いつものように師匠風をふかして辛かったことに原因があった。
そのため、ディートリッヒとヴィーラントの息子は、まっ先に素晴らしき薔薇園に到着した。
ヴィテゲは黄金の門を切り裂くと、2人は一緒に薔薇園に入り込んだ。
中には美しいバラが咲き、甘く爽やかな香りが漂っている。
この風景はディートリッヒの目を満足させるものであり、薔薇を荒らすのは嫌な気持ちになった。
だが、ヴィテゲはドワーフを無視して薔薇の花畑を馬で入り込み、冷酷にも踏みつぶして台無しにしてしまった。
すぐに、美しい薔薇園は荒野のように荒らされてしまった。
2010/02/22