38章第1話 ディートリッヒがエッケザックスを鹵獲すること



ディートリッヒは、1人で薄暗い森の中を馬に乗って進む。
ジョックリム(Jochgrimm、イタリアの地名らしい。発音は適当)の山を目指して旅をしていた。
その地にはとても美しい王女たちがおり、彼女はかねてからディートリッヒの名声を耳にしており、是非ディートリッヒに会いたいと考えていたのである。
このとき、ベルンの王子は、王女たちがまさか自分を陥れ、また自分の安全を脅かすなど夢想だにしていなかったのである。

また、この付近には王女たちに求婚している若い3人の巨人たちがいた。
この巨人たちは兄弟であり、エッケ、ファゾルト、エベンノントという名であった。
このうち、エッケは『恐るべきもの』と称されており、若干18歳ながらも一騎打ちの名手として評判をえていた。
もっとも、エッケが対戦相手を殺したことは1度しかない。というのも、1人を殺してからというもの、エッケと戦いたがう相手を見つけることができなかったからである。
しばしばディートリッヒの武功と偉業を耳にしていたエッケは、かならずディートリッヒを打ち負かすことを決心した。
そして、エッケは巨人の国にかけて、もしディートリッヒを殺すことができたなら、ジョックリムで最も美しい王女・シブリング(Seburg、発音は自信ない)を妻にすると誓いを立てた。

エッケは卓越した強さをもっていた。
7日と7晩の倍の間、彼は眠気を感じることもなく、何も食べることもなくひたすらに崖から崖を豹のような身のこなしで移動することができた。
そのため、エッケは乗騎を必要とせず、またエッケの体を運ぶことが出来る馬は存在しなかったのだ。

この力強き巨人はベルンを訪問することにしたのである。だが、結局行き違いにディートリッヒが馬に乗ってベルンを出発したということを知るのであったのだけれども…。

エッケが森に入ると鳥たちは彼を恐れ、またエッケがそばを通ると振動で枝がたわわむ。木々はゆれて音を立て、エッケが木を叩こうものなら、その木は根っこからうち倒れた。

こうして、エッケはベルンに到着するまでの間、このようにして森を荒らしまわった。しかし、既に述べたように、エッケはディートリッヒがジョックリムを目指して出発したことを聞かされたのである。
これを聞いたエッケはベルンにとどまることなく、すぐに王子を追いかけて出発した。
エッケの足はとても速かったので、日が暮れる前の時点でかなりディートリッヒの近くまで接近することができた。
と、エッケは地面に倒れている4人の騎士を発見した。そのうち生きているのは1人だけ、しかもその1人も重傷を負っていた。

「おい、ベルンの騎士に気をつけろ」 と、重傷を負った騎士が言った。
「奴の剣は稲妻のように早いから」

これを聞いたエッケは、猛烈に奮い立ちながらも先に進んだ。
エッケはディートリッヒを恐れてはいない、ただ、彼の心臓は尊大な英雄との一騎打ちを熱望していた。
やがて、森の中でもすっかりと夜が更けた。
その暗闇の中、エッケは騎士の乗る馬の足音に近づいていることに気づいた。

「おい、誰だ?」 と、エッケは叫んだ。
「お前だよ、暗い森の中を梅で進んでいる奴!」

すると、低く強そうな声が答えた。
「私は、ベルンのディートリッヒだ」

「そうか、ならおれと戦え!」 エッケは、勝利の名誉を得ようと、大声で叫ぶ。

しかし、ディートリッヒはこの暗闇の中での一騎打ちを嫌がり、馬を降りようとしない。
エッケは、大股でベルンの騎士に歩み寄ると、自分の鎧を自慢していう。

「偉大な鍛冶屋・ヴィーラントの作った鎧だ。
お前のナーゲリングだっておれの鎧を切り裂くことはできぬ。
見ろ、鋭く輝く剣、エッケザックスを。
これはナーゲリングを作ったのと同じ者(アルベリッヒ)が作った剣だ。
柄は金でできていて、剣にも金が散りばめられている。
そして、おれの腰帯も純金でできている。
おれに勝てれば、これらの宝はすべてお前のもんだ」

この話を聞いたものの、暗闇の中では剣や宝の魅力では、ディートリッヒは戦おうとは考えなかった。

「貴様は臆病者だ」と、エッケは怒りながら言った。
「おれが怖いのだろう?」

「夜が明けたら」 とディートリッヒは言った。「そうしたら、私はお前と戦おう。
こうも暗ければ、お互いに敵の姿が見えないだろう」

しかしエッケはこう反論して、待つことを拒否した。
「もし今すぐおれと戦うのなら、お前はシブルク王女を花嫁にするがいい。
彼女はこの地でもっとも美しい王女だぞ」

「神にかけて」 ディートリッヒは馬から跳ね降りながら言った。
「お前と戦おう。しかし、これは宝物や剣が欲しいからではない。
美しいシブルク王女のためだ!」

こうして、2人は互いの剣を打ち合わせて戦った。
火花が飛び散る。夜であったが、互いの姿は戦いで起こる火花で確認することができるほどだった。
すでに闇は去っていた。剣は炎のように輝いていたからである。
また、戦いの喧騒は森の中を雷鳴のように鳴り響き、彼らの盾がぶつかる音は点にまで届いた。
恐怖が夜を覆い、木々は剣の火花で焦げ付いた。

長い戦いが続くが、互いに敵に対して重傷を負わせることはできない。
エッケは弾かれたように全力でディートリッヒに飛びかかると、互いの盾をぶつけ、そのままディートリッヒを地に押し倒した。
すぐにエッケは王子を押さえつけて、

「大人しくおれの捕虜になれ、そうすれば殺さないでやる。
そして、シブルク王女のもとにお前を、お前の鎧と馬とともに連れて行くから」

「辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシだ」
と、ディートリッヒは答えた。

再び、2人は暗闇のなかで取っ組み合いを始める。
エッケはベルンの騎士を組み伏せようと懸命になるが、ディートリッヒも巨人ののどを締め上げて倒そうと抵抗する。
長く、そして恐ろしい戦いが繰り広げられた。
互いの強さがほぼ同じだったため、なかなか終わりやがってこない。

ついに、ディートリッヒがエッケに対し、互いに友好を結ぼうと嘆願することになった。

と、ようやく縛めを解いたディートリッヒの馬が駆け寄ってきた。
この馬はファルケという名前であったが、宵闇の中で主人の叫び声を耳にして居ても立ってもいられなくなったのである。
ファルケは自分の命よりも、主人の生命の方を愛していたからである。
勇敢なる馬はエッケの背中を蹴り飛ばし、これによってディートリッヒは自由の身になった。

素早く立ち上がったディートリッヒは巨人の剣を掴みとり、炎の一撃を巨人の頭に命中させた。
…森に静寂がやってきた。

森に夜明けがやって来ると、ディートリッヒは巨人の鎧を剥ぎとって、それを自ら装備した。
また巨大な剣、エッケザックスを腰に帯びた。さらに鞍にはさきほど切り落としたエッケの首級を吊るして先に進んだ。

戦いに勝利したものの、ディートリッヒの心に喜びはない。
むしろ、エッケが気を失っているうちに惨殺したことを非難されないかと不安で胸がいっぱいだった。

このあと、ディートリッヒは森の中で湖にたどり着き、そこでニンフ(水の妖精みたいなもの)がうたた寝をしている姿を目にした。
彼がニンフに触れると、彼女は目を覚まし、ディートリッヒの怪我の治療をしてくれた。
こうしてディートリッヒはもとの強さを取り戻したのである。
さらにニンフはジョックリム山に続く小道を説明すると、待ち受けるであろう危難について警告をしたのである。
ディートリッヒは再び馬に乗ると、巨人の国に向けて出発した。

2010/02/18

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