8章 和解の成立


翌朝、ローディーヌの考えはある程度まとまっていた。
そこで、ルネットが部屋にやってくると、ローディヌは昨晩の行き過ぎた発言に対して謝った。

「昨日はごめんなさい。ええ、ちゃんとあなたの助言を聞き入れることにするわ。
だから教えてちょうだい。その騎士がどんな人なのか。もし相応しい人であるならば、私はその方と結婚し、また領土を守ってもらいしましょう。」
 

得たり、と思いながらルネットは答えた。
「ご安心ください。その方は他のどのキリスト教徒より礼儀正しくて、高貴で美しい方です。
その名は、イヴァン卿と言います。」

「イヴァン卿ですって? それはウリエン王の息子、イヴァンのことかしら?」

「その通りです。ですが、今すぐ彼に会うことはできません。5日ほど待っていただきます。」
こう言って、ルネットはことさらもったいぶって見せた。
今すぐ、というわけにはいかない。ある程度の時間稼ぎが必要なのだ。
政治と言うものは、「根回し」を欠いてはならない。ローディーヌ1人を説得したとしても、家臣がノーと言えばどうにもならない、ルネットはそれを十分に承知していた。

「5日も? すぐにでも会って見たいのよ。今夜はダメでも、せめて明日までには…。」

「とりあえず、最も足の早い従者をアーサー王のもとに派遣したとして、その者が宮廷に到着するのは明日になりますからね。」

「そうですか…。でも、大急ぎならば明日の晩、イヴァン卿もここに来ることができるわね。もし彼がここにやってきたら、私は彼の望みをかなえるつもりよ。」

「ええ、イヴァン卿のことは万事お任せください。きっとうまくやりますから。
奥様の方は、再婚について郎党たちと相談などしておいてください。
泉を守るため、最善を尽くすのがレディの義務です。簡単に同意は得られないでしょうけれど、泉を守るに相応しい騎士は彼の他いません。どのみち、郎党では泉を守護する能力などないのですから、最終的にはレディの御意志に逆らえるものはいないでしょう。」

「分かったわ。では、早く出かけなさい。できるだけ早くイヴァン卿をお連れするのよ。」

こう命じられると、ルネットはイヴァンを迎えに出ると見せかけ、また戻って来た。
そうして、イヴァンを風呂に入れて清めたり、イヴァンのために真紅のローブやら宝石で飾られた首飾りなどでイヴァンを着飾った。
そうして準備をしていると、ルネットがイヴァンを匿っている情報がレディに露見してしまった。
そのため、ローディヌーは激怒しつつもルネットを呼び寄せた。

「…もう、レディに対して情報を隠すことは無意味ですね。」とルネットは言った。
「大丈夫ですよ、先日、決して私を罰したりしないなどという誓いを立てさせてますから。そして、レディは貴方にこの地を支配させる代わりに、貴方の心を支配することを望んでいますから。」

それを聞いたイヴァンは、
「それなら問題ない。私は喜んで彼女の虜囚になろう。」

「ええ、それでよろしいかと。ですが、最後にアドバイスをいたします。レディの前では謙虚に行動してください。」
そして、落し格子で閉じ込められたことについて、あまり苦情など言ってはいけません。そうすれば、特に問題も無くレディと結婚できるでしょう。」

こう言いながら、ルネットは手を取ってイヴァンをローディーヌの元に導いた。
まったくもって、手抜かりのない侍女である。

そうして、ついにイヴァンはローディーヌと対面することになった。彼女は、真紅のクッションに腰掛けていた。
ローディーヌの部屋に入った瞬間、イヴァンは恐れを抱いて固まってしまった。

「さぁさぁ。」とルネットはイヴァンの体を前へ押しやった。「美しい貴婦人を前にして、気のきいた挨拶も出来ないようではいけませんよ。しっかりしてください。きっと、領主であった赤きエスカドル卿を殺したことで罰を受けることはありますまい。」

――てっきり名なしで通っていたけれど、泉を守っていた騎士の名前は「Esclados the Red」というらしい。発音は、例によって適当。別に、出し惜しみしていたわけではなく、彼の名前が明らかになるのはだいたい2000行目、本当にこのシーンなのである。

いつぞや書いたけれど、本当にこの作品は重要人物だろうと容赦なく名前を出さない傾向にあり、本来ならこの時点ですら、ルネットは「乙女」、ローディヌは「レディ」と表記されていて名前は出ていないのだけれども。

さて、気を取りなおしたイヴァンはローディーヌの前に跪いてこう言った。
「レディ、私をお許しください。
どのような処置でも、甘んじて受ける所存です。」

「では、」とローディヌは言った。「もし、私が貴方に死を与える、と言ったらどうします?」

「レディ、もしそれをお望みなら、もう私と話す必要はないでしょう。
私は、誰にも強制されず、なんの命令も受けず、自分の意思でここに参りました。
私は無実だと考えていますが、もしレディが私の死をお望みならば、喜んで死にましょう。」

「わかりました。許しが欲しければ、私の夫を殺した理由を述べなさい。」

「レディ、貴女の夫は私を攻撃して来ました。私が反撃したことは間違っていたでしょうか?
いわば、正当防衛でして私に罪はありません。」

と、イヴァンは答えた。
――訳者の視点から見れば、どうにも先に泉で大嵐を起したイヴァンが悪い気がするのだけれども。
しかし、レディはこれで納得したようである。いや、実際にはすでにルネットの稼いだ時間を有効利用して根回しは済んでいたのではあったけれど、とにかくもこう言った。

「・・・ならば、貴方を攻めることはできません。よって、許すことにしましょう。
ですが1つ教えてくださいますか? なぜ強制されもせずここにやってきたのですか?」

「レディ、確かに身体的な拘束や強制は受けませんでした。
ですが、私の心は別でして、貴女に会いたいという思いに支配されていました。いわば、心の方に強制を受けたと言えなくもありません。
私の目が貴女を映した時から、愛が芽生えたのでございます。」

「愛、ですって?」

「左様でございます。そのときから、私は他のことを考えることもできませんでした。
貴女に降伏いたします。私の命はレディのもの、生かすも殺すも御意志に従いましょう。」

「では、その愛に従って、私の泉を守ってくれますか?」

「もちろんです。全世界を敵に回したとしても。」

このようにして、レディとイヴァン卿は和解をした。
そして、レディは先だって家臣たちと協議に基づいて、

「では、汝は私と一緒に広間に向わなければなりません。
そして、私と結婚をするのです。
これは、家臣たちの望を聞き入れた結果のことです。
貴方は拒否してはいけません。」

このようにして、全てはルネットの計画通りになった。
――かなり長くなったけれど、今回はここまで。

2009/11/21

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