6章 恋の虜囚


まずは一言お詫びをば。
実は、いまから書き記したシーン、場面に動きはない上にさして重要な章でもないからカットするつもりでした。内容的に、ひたすらにイヴァンの恋の苦しみを延々と述べるので、カットした上でルネットの交渉術の話やろうかな、と。
が、再読してみたところ、かなり詩的というか情緒的であることに気が付いたので、端折りながらも訳すことにしました。
とりあえず、恋をしたときにこういう表現を使って口説いたりすると、愛しいあの子を落すこともできるかもしれません。著作権だって切れているからコピペしても適法だし、仮にばれてもクレティアンを引用しているということになるのではないかと。
では、本編をどうぞ―――。


さて、ルネットはイヴァンをその場に残して退出した。
残されたイヴァンは、特にすることもないので嫌々ながら埋葬される領主の様子を見ていた。

(まいったな。このまま帰ったら皆に侮辱されてしまうぞ…。
相手の騎士を殺したけれど、何の証拠もないからなぁ。
特に、ケイを納得させることはできない。)

――訳者は、決闘の上とは言え、人を殺しておいて自分の名誉を心配しているあたりどうかと思う。
が、イヴァンはこうも考えた。

(先日のケイの侮辱は本当に辛らつだった。
でも、あのレディを見ていると、ケイの侮辱で傷ついた心も癒されるなぁ。)

このとき、本人も気づかぬうちにローディーヌは、夫を殺したイヴァンに対して復讐を遂げていたのである。
すなわち、イヴァンの心臓には「恋」と言う名の武器により、致命傷を負わせていたのだ。「恋」と言う名の武器によって付けられた傷は、剣や槍でできたそれとは違い、医者や薬では癒すことができない。

(…ずっとここで待っているというのも、苦しいものだな。
あのレディの顔を見たいものだ…)

一方、外ではようやく領主の埋葬が終わった。
騎士や郎党たちはその場を離れるが、ただローディーヌはただ1人だけでその場にとどまり、動こうとはしない。ときたま嗚咽し、聖書を読んだりなどしている。

この様子を眺めていたイヴァンは、
(どうにかして彼女を泣きやませたい…。
でも、彼女の夫を殺したのは私だ。どうやって慰めることができるだろうか?
レディが泣いているのを見ると、無性に私まで悲しくなってくる…)

――ちなみに、いまイヴァンの独白はかるくまとめましたが、実際は部分wordでかるく2ページあります。でも、自分が殺してしまった領主に対するなんか申し訳ないとか、そういう罪悪感を覚えることは一切ないです。
なお、クレティアンはこのシーンで、『囚人の分際で、自分の生命に対して危機感を覚えるのではなく、狂おしいほどの恋情を感じる事になる男は、これからの歴史に登場することはないだろう』と論じてます。
翻訳やってる私自身、いい加減忘れてかけていましたが、この物語のテーマは「愛」ですから。

そんなこんなで、イヴァンはレディが墓の前から立ち去るまで、ずっと窓からレディを見つめていた。
そうしていると、再び落し格子が降りてしまった。
それでも、イヴァンは落し格子に対して無関心であった。どのみち、解放されたとしてもレディの側から離れる気はさらさらないからだ。
言うならば、すでにイヴァンの心は恋という名の牢獄に閉じ込められている。いまさら、肉体が物理的に閉じ込められえたとしても、大勢に影響はないのだ。

そうこう思い悩んでいると、またルネットが戻ってきた。なにかと必要な食べ物とかそんなものを取ってきたのである。
ルネットは、空気を読める女であるし、当然に人の心の機微も読める。イヴァンがどことなく元気のないと見ると、

「イヴァン卿、なにか気に病むことでもおありですか?」

「…いいや、私の心は喜びでいっぱいだよ。」

「いいえ、嘘でしょう。」とルネット。なかなかに聡明なルネットはさらに追求した。「死にそうな顔色をしているじゃないですか。神にかけて、同じことを言えないでしょう?」

「いや、真実に私の心は喜びでいっぱいなのさ…。」と、どうにも困った様子でイヴァンは言った。「神にかけて、私は死を望んだりはしない。ただ、窓から眺めていると、私の目に映る姿に感動していたのですよ…。」

「いや、すいません。もういいです。」と、ルネットは途中で口を挟んだ。「それだけ聞けば十分に理解できますとも。私の後に付いてきてください。明日の今頃は自由の身になっていますから。」

イヴァンの説明は、ほとんど説明になっていないが聡明なルネットはたちどころにその意図を読み取った。
訳していて流れが酷く唐突だけれども、原文もこうなっていて、訳者の方でカットしたから唐突になっているわけではない。イヴァンがひたすら恋に苦しみながらローディーヌを眺める描写にwordで2ページも使っておいて、あまりに雑な印象を受ける。
思うに、恋に苦しむ描写を読み手に伝えることこそがメインであって、少なくとも中世ではそれ以外の部分は読み手の関心を買わなかったのだろう。
この話はここまでにする。

さて、次回こそは聡明なルネットの卓越した話術が披露されます。


2009/11/21
 

back/next
top

inserted by FC2 system