4章 落し格子の罠

 

やがて、騎士は自分の治める街にたどり着いた。
門は高く、入り口は狭い――。人が2人並べば通れないほどの入り口と言えば、個人の家ならともかく城門としては狭いほうなのだ。

――それから、ここで訳者の方から1つ付け足しておかねばならないことがある。
日本人なら、家に入ればそこで靴を脱ぐ。もちろん、家の中で馬を当然の事だ。
だが、西洋はそうではない。家に入っても靴は脱がないし、馬からも降りない。
どうやら、普通に屋内でも馬に乗っていたりしていたそうだ。ソースは岩波文庫から出てるブルフィンチの『中世騎士物語』。私の手元の版だと382頁の注解のところ。

さて、物語を城の中を馬で追いかけっこ中のイヴァンにまで戻す。
さらに、通路が狭いってところがポイントである。その狭い通路には、罠が仕掛けられていたのだ。
バネ仕掛けの落し格子である。
原文を読んだ限り、柵みたいなモノが天上から降ってきて、出入りできなくする仕組みになっているようだ。
私の拙い文章で伝わるかどうか不安なので、画像添付。ウィキペディアフランス語版からもらってきました。
(非営利サイトでの使用は可みたいなのですが、法的にやばかったのなら警察に通報する前に私宛にメールください。)

とりあえず、床に仕掛けられたスイッチを踏めば、たちまち罠が落ちてくる。
しかも、檻のふちは刃物が付いているため、無傷で捕まれば運が良い。運が悪ければ体は真っ二つになってしまうのだ。

ただ、イヴァンはそんなことを知らない。
狭い通路だから、特に対策をしていなかったイヴァンの馬は罠を踏んでしまい、たちまち落し格子の仕掛けがイヴァン目掛けて真っ逆さま。
危機一髪、落し格子の仕掛けは、イヴァンの背中とかかとを少しだけ削り取った。もう少し、馬の足が遅かったなら、イヴァンの体は切り裂かれていただろう。
だが、馬の方は無事ではない。イヴァンの乗った鞍のすぐ後ろの所から、体は真っニつに切り裂かれ、たちまちに絶命する。
そして、怪我自体は軽傷だったが、イヴァンは罠の中に閉じ込められてしまった。
その隙に、瀕死の騎士は馬を進め、反対側の門を通過する。すると、タイミングを見計らったように今度は反対側の門が降りてしまった。

(…これは、まいったな。通路に閉じ込められてしまったぞ。)

それでも、イヴァンはそんなに焦ってはいなかった。
通路に窓なんかはないものの、扉があるではないか。向こうにはなにか部屋があるのだろう。

(…この通路は、たぶん落し格子を使って侵入者を閉じ込めるためのものだろう。
馬は死んだけれど、幸いにも武器は持っている。あの扉の向こうは貯蔵庫とかかな?
この部屋から出られるとは思えないけれど、隠れたりして時間稼ぎくらいできるだろう。)

そうイヴァンが思っていると、ふいに、通路のに面した扉が開き、内側から黒髪で、とても可愛らしい乙女が出てきた。
イヴァンを目にした乙女は周章狼狽。
突如として落し格子が落下する音がしたと思えば、通路には武装した血まみれの騎士。しかも真っ2つに切断された馬の死体まで転がっており、とてもまともは景色とはいえない。

さて、イヴァンを目にした乙女はあせった様子であったが、イヴァンに向けて言った。
「騎士さま、悪い時に来られました…。
あなたは、旦那さまと戦った騎士さまでございますね?」

「ああ、そうだ。」

「旦那さまは貴方が負わせた怪我のせいでもう長くはありません。」

「…。」

「奥様や郎党は泣き悲しんでいます。
怒り狂った彼らは、はあなたを捕まえ次第バラバラに切り刻むつもりです。」

「…神が御意志に従うまでさ。
死ぬのなら死ねばいいし、生きるなら生き残ることができるだろう。」

「いいえ!」と乙女は答えた。「私が貴方を助けます。
いいですか、死を恐れないことは勇気がある、ということと同じではありません。」

なんとも不思議な乙女である。仮にも、さきほどの騎士に雇われているはずなのに、どうして自分を助けるのだろう。
そう思ったイヴァンは乙女に尋ねた。

「…どうして、私のためにそこまでしてくれるんだ?」

「実は、私は貴方に助けられたことがあります。
以前、奥様のお使いで宮廷に行ったときのことです。私は、宮廷の作法も知らなかったせいでしょう、誰からも相手にされませんでした。ですが、貴方だけは私を助けてくださいました。
ですから、今度は私が恩をお返しする番です。
さぁ、イヴァンさま、この指輪を受け取ってください。」

そう言って、乙女は柵の内側にいるイヴァンに指輪を手渡した。
この指輪は魔法の指輪であり、これを身に付けた者は姿を消すことができるのである。

――ここで、この乙女について補足をして置かねばなるまい。
この『イヴァン、または獅子の騎士』という作品は、極端に人名を出さずに物語を勧める傾向にある。
基本的に『乙女』だとか『騎士』だので話を進めるし、たまに重要人物でありながら名前すら出てこないキャラクターもいる。
下手をすれば、「彼は彼の頭を強く殴り、彼を昏倒させた。」などという、文章が平気で出てくる。西洋人にとっては、あまり個人名を出さず「he」だの「she」だので話を進めるのが普通なのだろうが、読み込むのは困難である。

今回登場した乙女についても、その名前が明らかにされるのはずっと後、2431行目である。今の時点で1000行ほどまで訳したから、この約2倍ほど個人名は出てこないことになる。
ただ、それではひどくやりづらい。
――そこで明らかにしてしまうと、この乙女の名前はルネット。
『太陽の騎士』と呼ばれるガウェインに対し、ルネットは「月の乙女」と呼ばれる、乙女であり、とても賢い女性であった。

…と、いい加減容量も大きくなってきた。
ついでに、これから法医学についてさらなる脱線をせねばならない。
これほど脱線しすぎた展開を元に戻すのが大変なのでキリ良く章を切り替えることにします。
この続きは次回で。

2009/11/7

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