3章 湖の戦い

さて、長々としたカログレナントの話が終わる
と、イヴァンは叫んだ。
「私は、従兄弟に対する恥辱を耐えることはできない!
なんで今までそんなことを黙っていたんだよ。
よい、私は従兄弟の復讐に出かける!」

なんとも好戦的だ。
訳者はこの時代の騎士の平均値を知らないけれども、イヴァンの血の気の多さはたいしたものではないだろうか。
タネあかしをすれば、物語初期の主人公と言うのは多少の欠点があった方が伸びしろがあっていいのだけれども。
で、ここでケイの皮肉が炸裂する。

「けらけらけら、復讐するだって?
いつ出発するつもりなんだい?
ていうか、きっと今晩は悪い夢を見るからやめときなよ。」

ちなみにケイの台詞、ビールがとうとか猫がどうとか、修辞的と言うかやけに文学的で、私の学力では言ってることがよく判らない。
また、だいたい理解できなくもないのだけれど、ことわざのたぐいを日本語に置き換えると言うのはなかなかむつかしい。
とりあえず、前後の関係から馬鹿にしてることはなんとなく分かればよいだろう。

「ちょっとやめなさいよ。」と王妃。
「本当に、あなたの舌は悪魔の舌ね。酷いことばかり言うんだから!」

「まぁまぁ、王妃さま。」とイヴァンは言った。「この際、ケイ卿の厚かましさは問題ではありません。
ケイ卿は有能で博識だし、機知に富んで礼儀もわきまえた方です。
ですが、ケイの忠告に従う気はありません。
私は是非、冒険に出かけたいのです。」

こうやって騎士達が話し合っていると、ふいに声が上がる。

「……諸君、何の話で盛り上がっているのかね?」

こう言いながら歩いてくるのはアーサー王だ。さっきまで隣の部屋で眠り込んでいたのだが、目を覚ましてきたのである。
椅子に座っていた騎士達は、すぐさま一度平伏して座りなおした。
途中参加のアーサー王はカログレナンの冒険の話を聞くと、是非にその湖に行き、嵐を見てみたいと言い出した。
王が提案すると言うのは、それなり以上に強制力がある。
で、結局は翌日、希望者はアーサー王と一緒にその湖に行くことになったのだった。
別段、その提案に対して不満の声は上がらない。基本的に、若い騎士達は冒険に飢えていたのでみな大喜びである。

(これはまずいことになった…。)
イヴァンだけはアーサー王の計画を聞いて少し焦っていた。

なぜかといえば、手柄を立てづらくなるからだ。それに、やはり従兄弟の復讐と言うのは自分の手でやりたい。
であるけれど、自分が戦いたいといっても、ケイはきっと許してはくれないだろうし、そうでなくても第1番に戦うことになるのはガウェインになる。
それでは困る、そんなわけで朝を待たずにイヴァンは宮廷を出発することにした――。

山を越え谷を越え、、辛いこともあったけれどイヴァンは進むのを止めない。
(いかなることがあっても、行かねばならぬ…)
イヴァンもカログレナントのたどったのと同じ冒険を繰り広げる事になった。
まずは、ブロセリアンドの森で城主に泊めて貰った。城主は、カログレナントの話よりずっと礼儀正しかったし、娘さんはこれまたカログレナントの話よりずっと美しい――。
そして、その翌日は雄牛と巨人に出会い、ついに湖にたどり着く。
(ついに、やって来たんだな…)

感慨にふける暇もなく、イヴァンは言われた通りに湖の水をすくって岩にかける。たちまちに嵐がやってきたのは言うまでもない。
そして、その嵐を耐え切ると、果たして騎士がやってきた――。

イヴァンと騎士は、お互いの姿を見るや否や、会話も交わさずに戦い始めた。
激しい戦いで、たちまち槍は砕け散る。それでも、槍が折れたら2人は剣を抜いてさらに激しく戦いを続けた。
兜の上からだけども剣で打たれれば目はくらむし、鎖帷子もちぎれて体中血まみれ。そんな風になりながらも、お互いに致命傷を与えるまでは決して引かない勇気を持っているのだから、もう決着はどちらかの死しかない。
また、殺し合いの極限状態にありながらも2人はずっと馬に乗ったまま戦っていたというのは驚異的なことである。なぜなら、お互い馬に対して全く攻撃を仕掛けなかったからだ。この時代、相手の馬を攻撃するのはマナー違反だったのである。

そんな戦いも、ついに決着の時が来た。
イヴァンの剣が騎士の兜を切り裂いて、さらに頭をかち割ったのだ。頭は割れ、鎧は血で真っ赤になった。これは致命傷ではあったけれど、すぐには死なない。
すぐさま騎士は自分の街へ向って逃げ出した。逃げることは敗者の特権である。
だが、イヴァンも黙って見ているつもりはない。馬を駆って追いかけた。

(絶対に、逃がしてはならない。)

逃げるほうも必死であるが、追いかけるイヴァンも似たような状況である。従兄弟のカログレナントに恥をかかせた騎士を負かしました、と口頭で言っても誰も信じはしないからである。特に、ケイ卿なんかは絶対に信じはしないし、むしろイヴァンを馬鹿にするだろう。

さて、勝利を目前にしたイヴァンだが、この先には思いもかけない罠が待ち構えていようとは…。
その話は次回で。

2009/11/1

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