20章 領主の依頼


ライオンと一緒に馬を進めたイヴァンは、ある街にたどり着いた。
その街は高くて頑丈な壁で囲まれており、外敵に対して十分な防衛対策がとられている。

真っ直ぐにイヴァンは城門へと向かうと、たちまち7人の警備兵が駆けつけてきた。
イヴァンのとなりにはライオンがくっついているのだから、これは明らかに危険人物である。警戒されても仕方がない。
警備兵は懸命に、ライオンを連れて街に入らないで欲しいと言ってきた。
だが、イヴァンはこの要求を拒否する。

「この獅子は、私にとって誰より大事な友人だ。
彼と一緒でなければ、私は街に入らない。
それに、彼は決して人を襲ったりはしない。私が保証しよう。」

交渉の末、イヴァンの説得が通じ、ついにイヴァンはライオンを連れての入場が許された。
さて、そんな苦労をしながら街に入ったイヴァンであったが、市民たちの雰囲気が、この世の終わりを迎えるかのように暗いことに気がついた
しかし、そんな悲しげな顔をしていた市民たちはイヴァンの姿を見ると、いずれも熱烈な歓迎する。

(これはどうしたことだろう?
初めてやってきた街なのに、歓迎されるのだろう?)

さて、しばらく街をぶらついたイヴァンは街の領主のとこに連れていかれた。
そこで、領主に対して挨拶をしたイヴァンは、なにゆえ自分がこれ程歓迎されているのかを尋ねた。

「はい、騎士さまがお知りになりたいのなら、説明いたしましょう。
しかし、知らずにいた方が幸せかもしれません。
私たちに関与しない方がいいでしょうから…」

と領主は思わせぶりな態度である。
しかし、領主の顔、また市民の顔には深く悲しみと絶望が刻み込まれており、深刻な事態にあることは明らかである。
そこでイヴァンはためらうことなく、

「いいえ。苦境にある方を見捨てることはできません。
かまいませんから、何事があったのかを教えてください。」

「…そうですか。」と領主は言った。「私たちの街は、邪悪な巨人によって脅かされているのです。
その巨人の名前は『山のハーピン』。
かつて、私には6人の息子がいましたが、全員が巨人に拉致されました。
…息子たちはいずれも騎士でしたが、私の目の前で2人が殺されました。
さらに、巨人は私の可愛い娘までも引き渡せと要求しています。
娘を渡すか、さもなくば巨人を倒さなけれど、明日には残り4人の息子たちも殺されることでしょう。
それが終わったら、次に略奪が始まるでしょう。そして、市民たちはすべての財産を奪われ、また殺されてしまうのです。」

「なんという気の毒なことでしょうか…。」とイヴァンは言った。
「しかし、1つだけ不思議なことがあります。
どうしてあなた方はアーサー王の宮廷に助けを求めなかったのですか?
きっと、頼りになる騎士が派遣されてくるはずですよ。」

「はい、もちろん私たちもそうしました。
実は、私の妻はガウェイン卿の妹でして、真っ先にガウェイン卿を探しましたとも。
なにせ、私の息子はガウェイン卿の甥であり、娘もまたガウェイン卿の姪でございます。助けてくれないわけがありません。
しかし、タイミングが悪く、ちょうどガウェイン卿を始めとする騎士の方々はみな誘拐された王妃さまの救出に向かっていて、とても探し出すことができません。」

と、領主は言った。
ちなみに、文中で領主の妻はガウェインの妹、と訳したけれど、原文は「sister」になっているだけでよく分からない。ていうか、訳者としてはガウェインに姉か妹がいるという情報を、地味にこの場面で知りました。

領主の話を聴き終わったイヴァンは、ため息をついた。
ただ、明日はルネットのためにも戦わなくてはならない。明日だけで2度も戦うというのは非常に困難なことだ。
しかし、イヴァンは領主に対して哀れみの気持ちからこう申し出た。

「わかりました。私でよければ喜んで力をお貸ししましょう。
ただ、私の方にも約束があり、それに遅れることはできません。
もし、その巨人が明日の正午までにやってくるのなら、私が巨人と戦います。」

イヴァンの答えを聞くと、領主や市民たちはイヴァンに何度も何度も感謝の言葉を述べるのだった。
そうしていると、領主の娘と妻が部屋にやってきた。領主が、彼女たちをイヴァンに挨拶させるために呼び寄せたのだ。
さらに、領主の家臣たちなどが集まって、イヴァンに対して頭を下げた。

「皆さん。頭を上げてください。」とイヴァンは言った。
「貴方がたのような身分の高い方が、私なんぞに平伏する必要はないのです。。
ことに、ガウェイン卿の妹や姪であれば、誰に対しても跪く必要はないはずです。
私は、恥づべきことをした卑しい男です。
それに、先程もいいましたが、明日はまた別の約束もありますから、それとの関係で力になれないかもしれません。」

このようにイヴァンが演説すると、当然のことながら領主たちの表情には不安の色が浮かんだ。

「…ですが、明日の昼までならば全力を尽くして巨人を退治しましょう。」

と、イヴァンは最後に一言付け足すと、周りの者たちを安心させた。
そうは言うものの、イヴァンの心中はそれほど楽観的なものではない。なんとしてでも、午前中に巨人を退治できなければ、最悪の場合、ルネットのいる教会に間に合わない可能性がある。

遅刻については前科があるものだから、イヴァンの心配は深刻なものだ。
一方で、市民たちはイヴァンの様子を見ると、かなり心の安定を取り戻した。
確かに、市民たちはイヴァンの名前も素性も知らない。
しかし、目の前の騎士はあろうことかライオンを従えている。しかも、まるで羊か何かに言う事をきかせるように猛獣を扱っているのである。
この騎士がどうして強くないなんてことがあるだろうか?

そう考えた彼らは、イヴァンに対して食事などを提供し、乙女と領主の妻はつきっきりでイヴァンの接待に当たった。
そして、夜。用意された寝室では、イヴァンとライオンは一緒に眠りについた。ただ、領主たちは眠らずに寝室の外で扉を押さえつけ、イヴァンが夜明けまで出ていけないようにしていたのだが。
 

200912/9
 

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