19章 ルネット再登場


このようにしてイヴァンが自らの運命を嘆いていると、そばの教会から1人の乙女がやってきた。
彼女は、血を流して倒れているイヴァンを発見するとこう言った。

「あぁ、そこの騎士さま。さっきから、何をうるさく不平を口にしているのですか?」

「…君は、だれだ?」

とイヴァンは尋ねた。質問に対して質問で答えるというのは、本当にどうかと思うが、原文の流れはこんな感じです。

「…私は、この世で最も不幸な人間ですわ。」

と、乙女は答えた。全くもって、質問に対する答えになっていない。これを聞いたイヴァンは、やや怒りのポイントが違うようで、

「それは嘘だ! この世で最もそなたの不幸なんて、私のそれと比べればたいしたことはないに違いない。」

「いいえ! どうして信じてくれないのですか?」と乙女。なんとなく、話の論点がずれ始めている気がするが、気にしてはいけない。
「騎士さまは、自分の好きな場所に行けるではないですか?
ですが、私は罪人で、ここから動くことを許されず、明日になれば死刑を執行されてしまうのです。
どうです、私の方が不幸ではないですか?」

「そうなのか…。」しばし考え込んだイヴァンだが、「それでも、君の方が私より幸せだ。なぜなら、誰かが助けに来てくれるかもしれないからね。」

これは言外に、イヴァンは助けを求めるなら、力になろう、と言ったのと同じことだ。
この中世代と言うのはある意味で非常におおらか。裁判で有罪・無罪を決める方法として、「決闘で勝ったほうが正しい」という方法などが実際に採用されていた。
限りなく誤判の恐れが高そうだけれど、神様は決して悪い方を勝たせたりはしないから、大丈夫なのだ、と信じられていたらしい。

「…そうですね。ですが、その場合は凄腕の3人の男を相手に戦わなければなりません。3対1で戦って勝て腕前を持ちながら、なおかつ私のために戦ってくれる騎士なんて、そうそうはいません。
具体的に言えば、この世界で私を助けることができる騎士は、2人だけ。
つまりガウェイン卿とイヴァン卿です。」

ここで、記憶力の言い方なら10章でガウェインが、ある乙女のために約束をしたことを覚えた居られるだろう。
この乙女は個人的にガウェインに対して恩があるため、ガウェインはなんだって彼女の言う事を聞かなければならないのだ。

「…なんだって?」乙女の言葉にイヴァンは驚愕しながらも答えた。「それなら、やっぱり君は私よりも幸運だ。明日どころか、君は明後日だって生き続けることができるよ。」

「…話を聞いていなかったのですか?」

「なぜなら、私がウリエン王の子、イヴァンだからだ。
しかし、どうして君が罪人になっているのだい?」

とイヴァンは言った。「ついに」と言うか、「ようやく」と言うべきか、イヴァンは乙女の正体に気づいた。
この乙女こそ、イヴァンの元妻、ローディーヌの忠実な侍女・ルネットではないか。
――この展開は不自然だと思うけれど、中世騎士道物語において久しぶりに会った人間同士は名乗りあうまでは気がつかないもの。騎士の方は兜かぶっているとしても、さすがに乙女の方がわからないのはちょっとおかしいと思う。

「…そう仰るのなら、ご説明しましょう。簡単に言えば、失脚したのですよ。
確かに、私の進言によって貴方はレディと結婚することができました。
ですが、貴方はレディとの約束を破り、レディの貴方への愛はまるごと憎しみに変わりました。
理の当然として、レディは結婚を勧めた私に対しても怒りをぶちまけました。
さらに、私を妬んでいた家臣が、私のことをレディに対する背信行為で訴えました。。
裁判では弁護人もつけられず、全員一致で私の有罪が決まりました。
必死で無罪を訴えたのですが、その条件として、40日以内に私のために戦うことを申し出た騎士が名乗り出て、しかも3対1の戦いに勝利しない限り、私の命はおしまいなのです。」

「そう、だったのか…。」
イヴァンの胸は悲しみと恥かしさでいっぱいになった。
自分こそが最も不幸な人間だと思っていた。しかし、ようやく悟ったのだ。自分はむしろ加害者であり、ローディーヌやルネットこそが被害者であることを。

「えぇ、それから私は各地を回ってガウェイン卿を探しました。
ガウェイン卿は礼儀作法を弁えた方ですし、絶対に私を見捨てたりしませんから。
ですが、アーサー王の宮廷にも行きましたが、ガウェイン卿は留守でした。なんでも、誘拐されてしまった王妃を見つけるまでは帰らないそうです…。」

――このへん、少し解説が必要だ。
さりげに、『イヴァン、または獅子の騎士』と『ランスロ、または荷馬車の騎士』は同じ時間軸にあり、ガウェインはメレアガン卿によって王妃を救うべく旅に出ていたのである。
王妃誘拐事件は有名な話なのでお存じの方もいようが、結局はランスロ(ランスロット)が王妃を救出されるのだ。

「大丈夫だ。ガウェインがいなくても私がいる!
命に代えても、君を死なたりはしない。」

とイヴァンは力強く宣言した。

「ダメですよ。相手は3人、貴方は1人ですよ。
貴方では勝てるはずがありません。
さ、私のことは気にしないで行って下さい。」

「なんてことを言うんだ!」とイヴァンは叫んだ。「私は恩知らずではないし、また恥知らずでもない。この件に関して、私はもう君と議論をするつもりはない。もう決めたことだから…。
ただ、1つだけ条件をつけてもいいかな? 決して、私の正体を知られないように、黙っていて欲しいんだ。」

と、イヴァンはルネット救出についてただ1つの条件をつけた。
――なぜ、イヴァンは自分の名前が知られることを嫌がったのだろう?
義務教育時代、国語のテストなどだとよくこんな問題が出たけれど、本文中に理由は書いてない。
ただひたすらに、各自で想像するしかない。訳者には訳者なりの考えがあるけれど、人の解釈を押し付けるのは嫌いなので、最後まで読者の方で判断して欲しい。

さて、ルネット救出を決意したイヴァンの心には、すでに死を願うような後ろ向きな気持ちはない。少なくとも、明日まで死ぬわけにはいかないのだ。いやそれだけではない、体調を万全にしておかなければならない。

イヴァンはルネットにひとまず別れを告げると、来るべき明日の決戦に備えて宿泊場所を探すことにした。
そうしてライオンと一緒に馬を進めたイヴァンは、ある街にたどり着いた。
その街は高くて頑丈な壁で囲まれており、外敵に対して十分な防衛対策がとられている。

さて、この城で新たにイヴァンに待ち受ける冒険とは?
この話は次回で。

2009/12/9

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