18章 獅子を友とす


さて、龍を退治したイヴァンは剣を綺麗に手入れして鞘に収めた。血はほおっておけばサビの元になるし、また龍の血には毒が含まれているのだから。
身支度を終えたイヴァンが旅を続けようと馬を進めると、ライオンはイヴァンの隣にやってきて、同じ方向に進み始めた。

(どうやら、私に付いてくるつもりなのかな?)

このライオンは、なんとも義理堅い。イヴァンに恩を感じたライオンは、イヴァンの助けになろうと考えたのである。
それから、イヴァンの旅に頼もしい仲間ができた。

なにせ、彼は――ライオンは鼻が利く。お腹が減れば、その鼻で獲物を探し出し、鋭い牙と爪で捕らる。まさに、彼は猟犬としては非常に有能だった。
しかも、鹿を捕らえてくると、彼は殺した鹿を器用にも背負い、イヴァンの元まで運んで来るではないか。
そんな彼は喋ることはできないけれど、イヴァンの心のうちが分かるようで、イヴァンの迷惑になることはしないし、イヴァンの望みをかなえるように行動した。

さて、その晩のこと。
イヴァンはライオンが捕らえて来た鹿を調理し、火で焼いて食べていた。一方で、イヴァンの食事中、ライオンはイヴァンの足元でおとなしく鹿肉を骨までむさぼっている。
調理したとはいえ、塩で味付けすらしていないのだから、そんなに美味しい物ではない。
夜になれば、たとえイヴァンが眠ってしまっても、ライオンは眠ることなく周囲を警戒している。

このような調子で、イヴァンとライオンは何日か一緒に旅をすることになった。
そんなイヴァンの向う先は、かつてローディーヌの夫と戦った、あの泉である。
しかし、泉のそばにある教会に近寄れば近寄るほど、イヴァンの胸は苦しさを感じてゆく。

ついに、泉までもう少しまで来たところ、イヴァンの精神は限界を迎え、気を失ってしまった。
――それしきのことで気絶をするかな、と訳者などは思うけれど、とにかく気絶したのである。
なんとも牧歌的な感じを受けるが、事体は思いのほか深刻である。
なぜといえば、イヴァンは馬に乗っている。それなのに気絶すれば、当然の結果として落馬する。しかも、運の悪いことに鞘に収まっていた剣が衝撃で抜け、イヴァンの鎖帷子を貫いて首筋を切りつけた。
龍ですら一刀両断にする剣である、首筋の負傷は思いのほか酷く、大量の出血を伴った。
なんだか、ギャグでやっているのかと思うけれど、原文はそうなっているから仕方ない。

こうして、なんとも不合理な事情であったが瀕死の重傷をおったイヴァンであったが、彼自身よりもライオンの方はひどく驚愕した。
なんだかわけの分からぬまま、主人と崇める人物が転んで死にかけたのだから、ライオンもまた胸が張り裂けんばかりの悲しみに襲われる。
すぐさま、ライオンは剣に噛み付いて、傷口から引き抜いた。しかし、ライオンはライオンでしかない。それ以上の手当てなどできようはずもなく、やみくもに鳴き声をあげて地面を転げ回って悲しみを表現することはできても、イヴァンを救うことはできない。

(…これは、もしかしたら報いなのかもしれない。)
と、イヴァンは思った。人間、理解できない事体に遭遇すると、なんとか理由をつけようとするものだ。
(私は、ローディーヌとの約束を忘れて置き去りにしてしまった。
いま、ここで死んだとしてもそれは当然のことなのかもしれれない。)

さらに、イヴァンはこうも考えた。
(私は、このライオンほどに悲しむ人間を見たことはない。
でも、死んでしまえば、この胸の痛みからも解放されるだろうか?
いや、そんな安らぎはいらない。あくまで、私はローディーヌを裏切った罰として死んでいこう…。)

このようにしてイヴァンが自らの運命を嘆いていると、そばの教会から1人の乙女がやってきた。
彼女は、血を流して倒れているイヴァンを発見するとこう言った。

「あぁ、そこの騎士さま。さっきから、何をうるさく不平を口にしているのですか?」

「…君は、だれだ?」

2009/12/3

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