16章 獅子奮迅
 


さて、火曜日のことである。
夫人の街に、アリエル伯爵が攻め込んできたのである。
――忘れている方のために解説すると、前の章で名前だけ登場した貴族である。ようするに、ノロイゾン夫人の所領を狙うワルモノだ。

じっさい、アリエル伯爵というのはほとんど盗賊みたいなもので、街に火をつけ、略奪などをはたらく。
市民や、婦人に仕える騎士たちは武装して立ち向かうのだが、やはり今ひとつである。

ここで、我らが主人公、イヴァンが立ち上がった。長い休養で体は完全回復している。
馬に乗り、武器を取ったイヴァンは敵の騎士目掛けて強烈な一撃を加えた。
その激しい攻撃を受けた騎士は、二度と立ち上がれなかった。背骨が折れ、心臓が破裂してしまったからである。

それからのイヴァンの活躍は凄まじいものだった。
人が4つ数える前に、4人の騎士を落馬させたと言うのだから、1秒に1人以上を打ち負かした計算になる。
敵のうち、勇敢なものでさえイヴァンの武功を見れば、たちまちに混乱と恐怖のために圧倒されてしまう。
逆に、味方のうちで臆病なものはイヴァンの英雄的な姿に勇気を与えられた。
こうして士気をあげた市民達は各地で敵の騎士と戦いを繰り広げた。

ノロイゾン夫人は、この様子を塔から見ていたが、いまにも自分達の側が勝ってしまいそうである。
優雅で、勇敢で、力強いイヴァンの様子は、まるで狩をする鷹のようだ。
そして、イヴァンの後について戦う街側の騎士や市民たちはいつも以上の力を発揮するのだ。

また、街に残って観戦していた市民たちも口々に言いあった。
「なんとすぐれた騎士だろう!」
「見ろよ、あの一撃を! 敵が蹴散らされていくぞ!」
「まるで格が違う。鹿の群の中を暴れるライオンみたいだ!」
「あぁ、デュランタルを振るうローランだって、あの騎士みたいに活躍はできなかっただろう!」

――解説をしておくと最後に出てきたローランというのは、フランスの大英雄で、シャルルマーニュの甥にして、パラディンの筆頭。アーサー王伝説で言えば、ガウェインとランスロットを足したようなキャラクターですね。
原文では、もっとローランについて記述しているのだけれど、それは本筋とは関係ない。
むしろ、訳者としては、「鹿の群で暴れるライオンみたいだ!」という賛辞の方に注目した。のち、「獅子の騎士」と呼ばれるイヴァンに対して「ライオン」という単語が本文中で結び付けられた最初のシーンなのだから。

とかく、この活躍を見た市民たちは、レディの夫として、この街を治めるに相応しいのはあの騎士しかいない、と考えたのである。

そんなイヴァンの獅子奮迅の活躍によって、アリエル伯爵側の戦線は崩壊して行き、伯爵は逃げ出した。
イヴァンたちは、逃がさずにこれを追いかける。
しばしの追いかけっこの後、もはや逃げ切れないと観念したアリエル伯爵は降伏し、イヴァンはこれを受け入れた。

こうして、アリエル伯爵はノロイゾン夫人の捕虜となることを約束し、以後は夫人に危害を加えず、また夫人の要求に従うと誓いを立てた。
さらに、アリエル伯爵はこれまで略奪した物を返し、破壊した家を建てなおすこととなった。

こうして戦後処理がされ始めると、イヴァンは言った。

「私の役目はここまでのようです。
この街を立ち去りたいのですが、よろしいでしょうか?」

「いえ、ダメです!」

間髪入れずノロイゾン夫人は、イヴァンの求めを拒否した。
夫人は、イヴァンと結婚したくてたまらなかったからだ。

それでも、イヴァンは結局のところ、夫人の許可を得て町を後にした。
イヴァンは、対価としてなんらの財産も受け取らず、また自分の名誉を受け取ることもしなかった。
功名心の強いイヴァンからは考えられない、いや、ありうべからざることだ。

(…これでいいのだ。
私が長くいればいるほど、夫人の悲しみは大きくなるのだから、出発は早い方が良かった。
私は、……。)

ノロイゾン夫人の求婚を拒絶したイヴァン、次はどこをさすらうのか?
次章、ついに運命の出会いが待ち受ける!
この続きは次回で。
 

2009/11/28

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