15章 イヴァンの休息

 

正気を取り戻したイヴァンは、自分が真っ裸であることに気づくとともに、辺りを見回した。
すると、近くに服が置いてあるではないか。

(これはどういうことだろう…?
近くに、誰かいるのだろうけれど…。
とりあえず、服を着よう。他のことはそれからだ。)

そう考えると、イヴァンは立ち上がって着替えようとした。
足元が、酷くふらつく。無理もないだろう、裸でうろうろしていたのだから、病気になっていたのだ。
それでも、なんとか自力で服を身に付けた。

体調の悪そうなイヴァンを見かねた侍女は、イヴァンの方にやって来ると声を掛けた。
「あの……。」

「ん、…ああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!」

突如としてイヴァンは声の限り叫んだ。まだ完全に治りきっていなかったのかもしれない。
とりあえず、侍女はおびえながら、恐る恐るイヴァンの方にやってきた。

「…乙女よ、怖がらなくてもいいから、こっちへ来てくれないか?」

と、イヴァンは言った。自分の方から動かないのは、侍女をおびえさせないためでもあるし、足がだるくて動きたくなかったからでもある。

「いったい、どうしても私は森の中にいるんだろう?
なにか、不運に見舞われたのかもしれない。
…どうにも体が言う事を聞いてくれない、お願いだからそこの馬に載せてくれないか?
その代わり、私が役に立てることがあれば、なんであろうと力を尽くそう。」

「はい、わかりました。」と侍女は答えると、イヴァンに馬の手綱を握らせる。

「ですが、騎士さまは2週間はからだを休めなければなりませんよ。
さぁ、街に案内いたしましょう。私が手綱を押さえますから。」

そう言って、侍女はイヴァンといっしょに馬を進めた。
ちなみに、この侍女は機転が利く女であり、途中で橋を渡るとき、秘薬を入れていた小箱を投げ捨てた。イヴァンを助けるために、大事に使うように命令されていたのに、つい全部使いきっていたからである。
――このシーン、証拠隠滅としてはわからなくもないけれど、どうせ怒られることには違いがないんじゃないかな、と訳者は思った。

さて、街にたどり着いた侍女とイヴァンであったが、ノロイゾン夫人は侍女が薬の入った小箱を川に落したことを聞き、侍女を叱りつけた。
だが、イヴァンが目の前にいるので侍女の責任追及は軽く済ませると、

「全く、あの小箱を無くしたのは大損害と言わなければなりません。
ですが、騎士さまが助かったのは僥倖でした。
…ところで、私のかつて愛した人はある事情があって亡くなりました。
騎士さまは、彼に代わって私に使える気はありませんか?」

「あぁレディ!」とイヴァンは悲しげに、それでもはっきりと言った。
「貴方の不幸をもう1つ増やしてしまう事になるかもしれませんが、それはできません。」

「…そうですか、仕方ありませんね。」

と夫人は言った。
それでも、イヴァンの待遇は上等なものであった。
従者の付き添いで風呂に入り、髪を整え、ひげを剃った。
さらに、イヴァンが武器を欲しがれば武器が、馬を欲しがれば馬が与えられた。
こうして、しばらくの間、イヴァンは十分な休養を取った。

ただ、この期間、イヴァンは何を思ってか自分の名前を明かさなかった。
理由は、とくに本文中に書いてはいないが――。激しい自己嫌悪のため、「イヴァン」という名前を使いたくなかったのかもしれない。

さて、ようやく回復させたイヴァンには、早くもアリエル伯爵との戦いが控えていた。
そのアリエル伯爵とはどんな人物か?
この続きは次回で。

2009/11/28


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