第8章 トリストラムとイゾルト(上)〜恋人の再会
トリストラムは開き窓の下に座った。
海に夕日が沈んでいく。
見れば、イゾルトの髪はとても美しく、喉もとても優美である。
彼女はトリストラムが静かに塔に近寄って来る足音を聞くと、顔を真っ赤にして立ち上がり、トリストラムを迎えるために扉に向った。
そして、彼女はトリストラムをその白い腕で抱き締め、こう叫んだ。
「マークじゃない、マークないのね、私の愛しい人!
マークじゃなくて、あなたの足音を聞けばすぐにドキドキするわ。
猫みたいにこっそりマークの城にやってきて、賢い戦士はであるあなたは城壁を乗り越えるの。
でも、マークはあなたを憎んでいる。私がマーク死んでしまうほどに憎んでいるのと同じくらいに。
ねぇ、愛しい人。あなたは近くにいないのに、マークが近寄ってくると嫌な気持になるの。」
トリストラムは微笑んで、
「でも、おれはいまここにいる。
君のマークは、いやマークは君の恋人じゃない。」
やや後ろに下がりつつ、イゾルトは答えた。
「彼は悪い人だわ、たとえ自分の妻に対してさえも。
だけどあなたが私を暴力の恐怖から、盲目から傷害から助けてくれるのなら。
みんなを叩くことについて、マークに一体どんな権利があるというのでしょう。
そんな権利などありはしない。でも、マークはそうするのだわ!
聞いてちょうだい、まだ彼に会ってはいないわよね?
マークが狩に出発してから、今日でも3日目になるわ。マークの習慣からして、もう1時間もすればここへ帰ってくるの。
でも、マークと一緒に食事をしたり、飲み物を飲んではいけないわ。マークはあなたを恐れるよりむしろ憎んでいるから。
そして、森に逃げ込むのなら、茂みから矢が飛んできて私は1人きりでマークとの地獄に耐えなきゃいけなくなるわ。
私のマークに対する嫌悪の強さは、あなたへの愛の強さと同じくらい強いのだから。」
憎しみと愛の感情をあらわにすると、イゾルトは疲れたように座りこんだ。
それから、彼女の前で跪いてたトリストラムに向ってこう言った。
「あぁ、あなたは猟師で、角笛吹きで、竪琴引きで、そして旅人でもあるわ。
私が足萎えの王と結婚する前、私達2人は夫婦みたいに1組の存在だった――。あなたは私で、私を宝物みたいに扱ったわ。
でも、私の臆病さはあなたの欠点を捜し求めるのだわ。
ねぇ、騎士さま。あなたがこの前まで跪いていた乙女、あるいは貴婦人はどんな女性だったの?」
トリストラムは答えた。
「おれが昔跪いていたのは、最高の女王だ。
そして、その最高の女王っていうのは、いまここにいるお前だ。
お前の美しさときたら――。初めてアイルランドから出航して来た時もこうして跪いてお前の足を見たけれど、今ほど美しくはなかったよ。」
イゾルトはくすくすと笑って言った。
「私をおだててもダメよ。
その女王っていうのは、きっと惨めな私の3倍は美しかったんでしょう。」
トリストラムは言った。
「彼女は彼女、そして君は君だ。美しさもそれぞれ違うさ。
でも、俺にとっては君の方が好みではあるよ――穏やかで、優美で、優しいからね。
ただ、マーク王について喋るときだけ君の口から優しい言葉は出ないけれどもね。
逆に、彼女はランスロットみたいに傲慢なんだ。
そして、ランスロットが愛を捧げる王妃をを見るだけで、倍は真っ青になってしまうのを見たことがあるんだ。」
イゾルトは言った。
「あぁ、あなたはいんちきな狩人でいんちき竪琴弾きなのね。
私のことを白い手と呼んだり、グィネヴィアが最悪の罪を犯したことを説明したりすることによって、罪の意識によって私の絆を壊そうというのね。
私と未婚の男性――。
それはこの世で最低の罪悪なのだわ。」
トリストラムは言った。
「ねぇ、落ち着いてくれよ!
甘美なのなら、それは罪へと導く糸。
心地いいのなら、俺達が罪を犯しているなら、俺たちを最高の罪へと導き、幸せにするための王の許可証だよ。
どうにも君は俺を楽しませようとはしないのだな――。恐怖と誤解と疑い――。楽しい話題は全くない。
君が心から望むもの、俺と過ごした君の甘美な日々はもう過ぎ去ったのだからさ。」
突然、悲しみに襲われたイゾルトは言った。
「あなたに会えることが本当に楽しかった、そんなことはもう忘れたわ。
――心から望んでいるですって、いいえ!
時がどれだけたとうとも、この場所では午後は決して終わる事はないの。
塔から西の海が見ていると、あなたとのどんな思い出より甘美で、何よりもここから遠く離れておなたと旅をしたいと思うのだわ。
ブリテンのイゾルトはブルターニュのイゾルトのところまで駆けつけると、花嫁のキスを見てぞっとするのかしら?
他の女と結婚したですって?
その女の父親のために戦って、大怪我をしたんですって?
大喜びした王と、そして私と同じ名前の女があなたを治療し、さらには心まで癒したりしたのね。
あなたが想像するのよりも、私は彼女の不幸を祈ることができたのかしら?
彼女はあなたを甘美な思い出の日々へ連れて行ったのでしょうか。
もしマーク王と結婚さえしていなければ、私が人妻でなければ、私はあなたを愛するよりむしろ憎んだことでしょう。」
トリストラムはイゾルトの右手を握りしめ、
「ねぇ、愛する王女よ。
確かに、あの女は俺を愛したよ。
でも、俺が彼女を愛したと思うかい?
俺は彼女の名前を愛したんだ。
イゾルト?――俺はイゾルトのために戦ったのだ。
その夜は暗かったが、星が、イゾルトが輝いていた!
イゾルトという名は、俺にとっては暗闇を照らす光だ。
愛せずにはいられない!
忍耐強く、信心深く、穏やかで青白い。
イゾルトに神のご加護がありますように。」
イゾルトは答えた。
「分かったわ。でも、どうして私じゃないの?
私は穏やかで、青白くなくて、信心深くはなかったけれど、ずっとあなたを必要としていたわ。
私におきた不吉なことを、説明させてちょうだい。
穏やかな夏の夜、どこかを旅するあなたを思いながら、私はさびしく座っていたのだわ。
そうしたら、軽やかな歌が聞こえてくるの。そのたびに、私はあなたの名を口にした。
そのとき、雷が光ったわ。
私は、雷の落ちた場所、煙のあがったすぐ近くにいたのよ――。そして、なんと言うことでしょう。マーク王が私を誘拐しようと背後の闇の中にいたのです。
『やつはイゾルトと結婚した』とマークは言ったわ。それから、なにも言わず、シャーッと威嚇するような声をあげた。
そして、この建物の頂点が雷の振動に震え、私は目の前が真っ暗になり気を失った。
目が覚めたとき、そこはまた暗黒の場所だったからこう叫んだわ。『神様お助けを、私を逃がしてください』って。
――でも、そんなときあなたは新しい恋人の腕の中で寝ていたのだわ!」
2009/10/14