3章 The Tournament of Dead Inocence

 

 

早朝、トーナメントが開かれた。

労働者たちは、このトーナメントのことをあざけりをこめて『死せる無垢のためのトーナメント』と呼んだのである。

 

(※The Tournament of the Dead Innocence 単純に直訳。innocenceは無罪、純潔だから、これからの暗い未来を暗示。ついでに幼児のひなが死んだことも掛けているんじゃないだろうか

 

湿った風が吹いてきた。

円卓のランスロットは夜のような漆黒の兜を被り、まるで猛禽のようである。

アーサー王の命令により、街路には純白の絹織物が吊るされ、ワインの噴水が作られたりした。さらに、白衣を着せられた子ども達は金のコップを持ち試合を見にやってきていた。

そして、緩やかな階段の上の方には、ランスロットが座るために通常の倍の大きさをした龍の飾りがついた椅子が置かれている。

ランスロットが桟敷を見渡せば、貴婦人、乙女、そして敬愛する王妃たちはいずれも汚れを知らない子供のように白いローブを身につけている。そんな女性達の中には宝石を身に付けているものもいた。その様子は、土手に積もる白雪の中に燃える炎のようだ。

ランスロットは、もう一度あたりを見渡してから、ふたたび目を向けた。

 

唐突にトランペットが鳴らされた。まるでその音色は半ば夢をみるかのような眠気を払う秋の雷のよう。そんなトランペットの低音とともに試合は開始された。

風は黄色に変色し黒ずんだ葉っぱ、また光沢を放つ葉っぱを吹き散らかした。さらに、にわか雨と霧が会場を覆った。

ある者はうんざりした様子でかがり火を見つめ、多くの観客は立ち去ってしまい、また審判員も試合場を見つめながら座りこんでしまった。

 

そして、トーナメントのルールは言葉にできないほど乱れきってしまったのだ。

ある騎士は落馬すると、王座の前で死んでしまった赤子と王の愚かさについて罵りだした。その騎士の兜の紐が切れると、中からはモードレットの顔が現れたではないか。そのときの彼の顔は、まるで洞穴住む野獣のようであった。

 

やがて海の大波を思わせるような大声が、柵の向こう側からある騎士目掛けて突撃して来た。

その声の主は新たに試合場に入って来たのである。彼の背は高く、全身を森のような緑色の鎧で覆っている。さらにその鎧には小さな銀の鹿の彫刻が100ほどもなされており、兜には聖なる紋章を飾っている。

彼は木の実を巻き散らかしながら、盾と槍、琴やラッパをも身に付けている。

そう、この遅れて来た騎士こそはトリストラムである。

 

トリストラムは、一度はブルターニュに帰還し、その地の王女・「白い手のイゾルデ」と結婚していた。

かねてよりランスロットは「森のトリストラム卿」に対して時には嫌悪の気持を抱くこともあった。そして、この機会に死にも匹敵するようなトリストラムに対する悩みを解消してしまいたいものだ、と考えた。

だが、ランスロットは怒りによってうめき声をあげ、凄まじい握力によって椅子の左右に施されていた黄金細工の龍をひしゃげさせてしまった。

 

たいていの騎士は、自分の兜を心を捧げる貴婦人のための色で飾り付けるのだが、トリストラムはそれを引っ張りあげると、からかうようにつぶやくのであった。

 

「臆病者のクセに兜飾とは!

なんとも恥ずかしいことだぜ。

だいたい、この場に愛を誓うに足りる人がいるのかね?

我らが円卓の栄光なんて過去のものだよ。」

 

そしてトリストラムが優勝したので、ランスロットは彼に対し宝石をあたえることになった。

宝石を手渡す際、ランスロットはこんな一言だけを告げるのだった。

 

「君が優勝したといえるのだろうか?

本当に君が最も純粋な騎士と言えるかい?

見なさい、賞品を受け取る君の手は真っ赤じゃないか!」

 

トリストラムはランスロットの憂鬱そうな様子に半ばうんざりしながら答えた。

「なぁ、どうして飢えた猟犬に対して骨でもなげるかのような態度でおれに賞品を渡すんだ?

お前の美しい王妃サマというのは幻想のままにしておくがいいさ。

精神的な強さと体の頑健さ、そして何より技術と経験こそが勝利に結びつき、これによって王の娯楽になるんだぜ。

おれの手は、この槍と違って血みどろというわけじゃない。

あぁ、あんたは筆頭騎士どの、戦場におけるアーサー王の右腕で、我が偉大なる同胞だ。だが貴方もおれも、世界を作った方ほど偉くはないだろう。

おれのように、美しい王妃の側にいることで満足しておけばいいのさ。」

 

賞品を受け取ったトリスタンは、馬に乗るとカラコール走法(1618世紀に流行った乗馬術。螺旋を描くように走るらしい。)で観客の周りを走らせた。

本来なら、獲得した宝石はこの場でいずれかの乙女に与えなければならない。

 

だが、トリストラムは丁寧にお辞儀をすると、はっきりとこう言った。

「美しき乙女たちよ、そなたたちを『美の女王』として崇め、恋を捧げたりする男もいるだろう。

だが、おれにとっての『美の女王』は今日のこの場所にはいない。」

 

これを聞いた者たちは、無言になったり怒ったり、またこうつぶやいたりもした。

「あぁ、もはや全て礼節というものは失われた。」

「もはや我ら円卓の栄光は終わってしまった。」

 

どんよりした雨によって羽飾りはぐしょ濡れになり、マントもびしょ濡れになった。

すねたような悲鳴が上がり、青空は徐々に暗く悪天候になった。

ある乙女は黒い眉をひそめ、カン高い声で笑って言った。

 

「忍耐強い聖者さまたちを褒めた耐えるべきだわ。

私達の無垢なる純白の日々は過ぎ去って、これからはこのスカートのように泥だらけの日々が来るでしょうね。

1年通して咲く花はスノードロップの花(彼岸花の一種。冬の花)だけになり、世界は白い冬のようになるでしょう。

ほら、悲しそうにしている王妃さまとランスロットを慰めてあげましょうよ。

今夜は厳粛な中にも野原に咲く花のように派手な衣装を身に付けましょうか。」

 

 

晩餐の時、婦人や乙女たちはさまざまな方法で着飾ってきた。

だが、これは例えるならば真夏の山頂、ほんの1時間だけ降る雪のように儚い。山が白く染まったとしても、それは温かくなれば元に戻ってしまう。風向きが変われば、また花が咲き誇るのだ。

婦人と乙女たちはきらびやかな衣装を身に付けたものの、純白の衣装を身に付けることはしなかった。

それはまるで草の緑、センノウ(撫子の一種らしいです)、ツリガネスイセン、キンポウゲ、ポピーのような美しさであり、大きな笑い声と、歓喜につつまれて大声で騒いだ。

 

だが、王妃は派手派手しい光景にはうんざりさせられていた。

そして、トリストラムの行った無法な試合に怒りを覚えながらもゆっくりと立ち上がると、自室に帰って行った。そんな王妃の胸は悲しみでいっぱいだった。

 

 

2009/9/12

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