2章 赤い騎士の挑戦
そしてトーナメントが開かれる朝のこと、1人のが宮廷にやってきた。
その農夫は重傷を負っており、よろよろとよろめいている。
顔には耳から耳まで犬用の鞭で叩かれたようなミミズばれができており、
鼻が曲がり、一方の目は失明してしまっている。
しかも、片手が切り落とされており、残った方の手の指もぐちゃぐちゃに骨折している。
そのような農夫の様子をみたアーサー王は憤然として言った。
「我が民よ、どんな邪悪な獣の爪がお前の顔を傷つけたのだ?
どれとも、やったのは鬼か悪魔か?
人だと言うなら、なんとも天の意志にそむくようなことではないか?」
王の言葉に対し、不具にされた農夫は砕けた歯で不明瞭な発音ながらも口を開いた。
農夫の声は丸太を切るとき、のこぎりがたてる音のようだった。
「奴は、人々を捕まえ、塔に監禁するのです。
そいつは貴方の円卓の騎士だった、と皆が言っております。
そいつの名は知りませんが、皆は『赤の騎士』と呼んでおります。
王様、あっしは単なる豚飼いでしたが、赤の騎士はあっしから豚を奪って塔にもって行こうとしました。
それで、あっしがアーサー王と言う方は紳士にも農民にも公正な方だと言って抗議すると、赤の騎士はあっしを傷つけました。もう少しで殺されるところでした。
ですが、赤の騎士はあっしの命を助けると、使者として王の元に派遣したのです。
赤の騎士はこう言いました。
『王とその取りまきの偽善者どもに伝えるのだ。
俺は北の地に、俺の円卓を作った。
そして、俺の騎士は貴様の騎士が誓ったのと、ことごとく反対のことを誓っている。
つまりだ、俺の塔には売春婦がたむろしている。貴様の宮廷もそうではないか。
だが、俺の騎士の方が貴様のよりも優れている。なぜなら、俺達は自分の本性を偽っていないからな。
確かに、俺の騎士達は不義密通をするが、貴様のところだって同じだろう。
だが、俺の騎士の方が正直だ。なぜなら、俺達は自分の本性を偽っていないからな。
もはや、貴様の時代はもう終わりだ。異教徒が押しよせ、貴様の槍は砕け散る。
エクスカリバーも藁クズ程度の働きしかしないだろうよ』
…と。」
農夫の言葉を聞き終えたアーサー王は、執事のケイにこう命じた。
「我が民を丁重にもてなすのだ。
傷が癒えるまで、我が世継ぎと同じような待遇を与えるのだ。
…異教徒どもか。何年も、内容のない泡のような虚言がたびたび広まるものだ。
そして、反逆者ども。王国内では、どこだって反逆者どもを退治しているのだが、それでも盗賊、山賊は国内に混乱をもたらしている。
我が友達よ、勇敢で忠義の者達よ。
最後に北方で暴れているサタンのような男を作り出していたのか。
これから黄金の果実をつけるであろう、若き騎士達よ。
我とともに、悪人を退治し、1人でも安全な旅ができるように治安を回復しなければならない。
だが、ランスロット卿。君はここに残り、明日の試合の運営をしてもらわなければいけない。
なぜなら、君は王妃の世話をさせるために残しておく必要があるからだ。
異議はあるかね?」
ランスロットは答えた。
「はい、それでよいでしょう。
陛下がここに残り、私が若い騎士を率いた方がよいのかもしれません。
ですが、陛下が決めたのですから、私が残る方が正しいのでしょう。」
それから、アーサー王は立ち上がると、ランスロットもアーサー王に着いて歩き出した。
2人は扉を出たところで、アーサー王は振り向いて尋ねた。
「それでよかったかな?
それとも、しばしば『音が耳に入る』と言われるように、私は非難されるべきだろうか?
招待されたときにそのあたりを歩いてみれば、王家の命令などただの半分も守られてはいない。礼儀作法などというものも昔に逆戻りしてしまったみたいだよ。
それとも、私が夢見た騎士団への理想は捨てたほうがいいのだろうか?
高貴な誓いに従って高貴な行いをするのが騎士団であり、王国内を混乱と暴力から守るためのものだったはずだ。だが、それは野獣のようなものでしかないのだろうか?」
アーサー王はこのように語ると、若い騎士を連れて坂を降りてゆき、門を出ると北を目指して出発した。
王妃はあずまやでタペストリーを編んでいたのだが、頭を上げると、知らないうちにため息をつきながら夫の出発を見送った。
ふいに、王妃はマーリンのことを思い出した。
「何でも知っているマーリンはどこにいるのかしら?
マーリンは、とても深い場所から、また深い場所へと行ってしまった…。」