9章 ボールス卿の冒険

パーシヴァルが語り終えると、アンブロシウスは言った。
「可哀相に…。キリスト降臨祭の季節は寒いから、もっと火に当たる場所に来なさい。
いつも、君は私の世話をしてくれているからね。
天の祝福が君や、この貧しい家にまで来ますように。そして、苦しんでいる同胞や、私の友人に対して冷たい心が暖められますように。
それにしても、君の初恋の話は可愛そうだね。
花嫁を君の腕で抱きしめ、喪服をそばに投げ出して愛し合えば良かったのに。
我らの望む暖かな二重生活のため、我らは他のなによりも素晴らしい甘い夢に苦しめられる。
あぁ、神よ。私は修道院を出て外を見たこともないし、アナグマのように世俗的な場所で生活したこともないのに、私はなんとも世俗的なことを口走ってしまったね。
断食と苦行の生活をしているのに、なんということか。
ところで、君は冒険の途中、騎士に出会ったりはしなかったのかい?」

「うん、出会ったよ」とパーシヴァルは答えた。
「月が半分ほど上がっているある夜のことだ。
東に向って進んでいたおいらは、ペリカンの兜をかぶっているボールス卿と出会った。
ボールス卿を見つけて挨拶をしたおいらたちは、再会を喜び合った。
で、ボールス卿は質問してきたんだ。

「“彼を見なかったか? ランスロットを見なかったか?
ランスロットは気が狂ってしまい、馬に乗って走り去ってしまったんだ。
私が、『待て、お前は熱心に神聖な冒険をしている途中ではないか』と言ったのだけど、
ランスロットは『かまわないでくれ! 私は怠惰な男だ。前途に獅子のような難関があるから、早く行かなければ』とか姿を消してしまったのだ。”

「それからも、ボールス卿はランスロットを悲しみながら、馬に乗って静かに進んで行った。
なんでボールス卿が悲しんでいたかと言えば、以前ランスロットが発狂した時も、円卓はスキャンダルになったけれど、またそうなるんだからね。
それに、ランスロットの親類縁者はみなランスロットを崇拝しているから、ランスロットが病になるようなことがあれば、親類縁者たちもまた悲しむんだ。特に、ボールス卿は他の縁者以上に悲しんでいるよ。ボールス卿は、ランスロットを見つけられないために辛そうだった。
ランスロットは聖杯を見ることで癒されたんだけれど、ランスロットの悲しみと愛が彼を濁らせていて、聖杯探求の冒険の後、ランスロットの心は小さくなったようだった。
もし、神様がランスロットに聖杯を見せているなら、いや、仮に見せていないとしても、やはりランスロットは神の手の中にあったのだろうね。

(※ 最後の一文が矛盾してる感があるけど、あくまでランスロットが聖杯を見た、というのは自己申告。あとから出てきます)

「その後、小さな冒険にでくわしたあと、ボールス卿は人気のない地域にたどり着いたんだ。
そこの岩地の住民はおいらたちと同じ人種の者もいたし、その他にも異教徒の残党なんかがいた。そんな住民達は石を空へと積み上げていたんだ。
住民の中にいた賢者は古代の魔法に精通していて、星の巡りを予測できたりするんだ。で、その賢者は聖杯探求の冒険をするボールスを、なんともつまらないことをしている、と馬鹿にした。
あとからボールス卿が教えてくれたんだけど、その激しい罵倒はほとんどアーサー王の警告と重なるものだったそうだ。

“聖杯以上に人を燃えさせることができるものはあるだろうか?
血液の鼓動、植物の開花、海のうねり、そのほかこの世の暖かいものでも聖杯以上ではないだろう。”

「ボールス卿がこのように答えると、住民達は気分を害してしまった。彼らの指導者の言葉と、ボールスの言葉がかけ離れていたから、ボールスを捕まえ、縛り付けたうえで石作りの牢屋に監禁した。
そうして真っ暗な牢屋で縛られたまま、何時間もが経過してしまったけど、ボールス卿は天の奇跡が牢屋の天井に穴を開ける音を聞いたんだ…、これが奇跡でなくてなんだろう?
とてつもない重さの石が滑り落ちたんだけど、そのときは風とか石を動かすようなモノはなにもなかった。
そして、牢屋の天井の裂け目から光が注ぎ込んできた。もう、夜が近かったけれど、まだ外は騒がしかった。
そして、裂け目から7つの星々が見えていたんだ。これはアーサー王の円卓を象徴する星々だ。
というのもね、ある夜のこと、天上で丸く円状になっている星を見つけたおいら達が円卓の星って名づけたんだ。陛下も含め、みんな楽しんでいたよ。
…そして、ボールス卿にとって、このときの円卓の星々は、まるでなじみ深い友人の瞳のように感じられたそうだよ。

「で、ボールス卿はこう言ったそうだ。
“あぁ、なんということだ。私の至らぬお祈りに対して、また私の求めていた以上の希望だ。
7つの星の向こうから、なんというお慈悲であることか。
そして聖杯は、鋭い雷の音を響かせてどこかへ飛んで行ってしまった。”
その後、その異民族の中でキリスト教を信仰していた乙女により、ボールス卿の拘束が解き放たれた。そして、ボールス卿はそこを立ち去ったそうだよ。」

2009/7/30

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