9章 台所下働き

 

 

最後に、ガレスはつらそうな様子で両手を従者たちの肩に回してようやく立っているに装うと、アーサー王に向かった。

それから、恥らうような声でアーサー王に対する願いを口にした。

「偉大なる陛下。

陛下は私のように、力が弱く、空腹で苦しむということが分からないでしょう?

どうかボクを台所下働きとして雇う代わりに、肉と飲み物を下さい。

その期間は1年と1日、それと決してボクの名前を尋ねないで欲しいのです。

ただし、そのあとは陛下のために闘いましょう」

 

「若者よ、どうやらそなたは高貴な生まれであるようだ!

だが、その望みは高貴なものとは言えないな。

ケイ卿、この若者に肉と飲み物を与えなさい。」

 

こう言い残すと、アーサー王は退出した。

そのケイという男は、病的に青ざめた顔色をしていた。

その顔色の悪い事と言ったら、根っこをコケに食われている植物を連想させる。

 

 

「ふん、みんな見てみろよ!

コイツときたら、修道院あたりから逃げ出してきたんじゃないの?

きっと、修道院では肉もパンも充分食べられなかったんだろうぜ。

なんてことだ!

こんな奴が働いたとしても、俺の蓄えを鳩みたいに食い荒らすだけで役に立たないだろうよ。

豚の革のほうがいくらかマシだね」

 

これには、近くにいたランスロットが反論した。

「執事殿、貴方は猟犬については非常によくご存知だ。

また、貴方は馬のことをもよく知っているが、人についてはよく理解なされていない。

この若者の幅広で美しい眉、流れるように綺麗な髪、高い鼻を高貴さを備えた鼻孔。

それに大きく、美しく、立派な両手ときたら!

羊飼い出身であろうと、どこか王の宮廷からやってきたのだとしても、若者と言うのは神秘的だ。

この者は、間違いなく高貴な生まれに違いない。

彼に恥をかかせる事のないように、丁寧な待遇をするべきです。」

 

ケイは答えた。

「神秘的だって?

こいつが陛下のお皿に毒を入れる可能性だってあるんだぜ?

こいつの話し振りを聞いただろう、馬鹿まるだしだぜ。

ふん、高貴な生まれなら馬と鎧を欲しがるものだろう、美しいとか綺麗だから高貴だって!

美男卿、それとも美手卿(※)ってところか?

繊細なもんじゃないか、ランスロットよ無駄なことだ。俺がこいつを任されたんだからな」

 

(※ 原文は、Fair hand.たぶん、ボーメンBeaumainsフランス語だから、テニスンが英語にしたのではと思う)

 

ep 

 

こうして、ガレスの華やかだった日々は過ぎ去り、すすけた台所下働きとしての束縛が始まった。

ドアの近くで分配された食事を取り、汚れた長いすが寝床になった。

ランスロットは愛想良く話しかけて来てくれたのだが、執事のケイはガレスを嫌っており、人使いも荒く、ガレスの同僚たちにするのより辛くあたってせきたてるのだった。

ガレスは同僚達以上に、焼き串を配ったり(※)、水を運んだり、薪を切ったりなど、さまざまな雑用を命じられたのである。

しかし、ガレスは王のため、従順にかつ丁寧にその仕事に勤めた。下賎な仕事であっても、まるで高貴な仕事のように優雅な所作をとった。

 

(※ この時代、ナイフとかフォークはない。訳者の想像まじるけど、肉を刺している串を配ったり、使用済みのを回収したり、ってことだと思う。)

 

ep

また、下働き同士で話し合うときのことである。

ある者はアーサー王とランスロットを称賛し、戦争によっていかにアーサー王が2度も自分の命を救ってくれたことを話すとともに、最初のトーナメントでランスロットが優勝したことを話した。

だが、ガレスはランスロットより、アーサー王の戦場での大活躍を聞くことを喜んだ。

 

また、ある者は湖や海を越えたところにある迷いの森の話をしたが、これもガレスを喜ばせるものだった。

なんでも、スノードミナ(※)という場所で、のちのアーサー王になる赤ん坊が裸で見つけられたと言う。そして予言者は、「この赤ん坊は、のちにアヴァロン島に向かうだろう。そこで治療を受けるため、この子は死ぬことはない」と予言したのだという。

 

(※ 原文Eryri。訳者はウェールズ語が分からんので、現代英語Snowdoniaで記述してます)

 

 

だが、下男たちは時に下品な話題をすることもあった。そんなとき、ガレスはヒバリのような口笛を吹くか、あるいは古い歌を歌い、会話には参加しなかった。

初めは嘲りの対象になったが、そんなガレスはやがて尊敬されるようになった。

また、ガレスは騎士物語をたくさん知っていたので、それを披露することもあり、かなり評判は良かった。

 

そんなふうに下男達は集まってお喋りで盛り上がるのだったが、ケイがやってくればたちまちお喋りをやめ、解散して行くのだった。

また、下男達が集まってスポーツをすることもあった。これは、下男の熟練度を計る試験でもあるのだが、ガレスは棒や石を2ヤード投げ最も優秀な成績を記録した。

 

また、槍試合がおこなわれるとすれば、ケイはガレスを呼びにやってきた。そしてガレスは騎士同士がぶつかり合い、槍が弾け、駿馬がよろよろになる様子を見る事ができた。これは、ガレスにとって非常に興奮を与えるものであった。

 

 

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