3回 騎士道物語と不倫

 

孫小紅「はじめまして、中国人がアーサー王伝説を解説するコーナーの第2回。郭大侠は都合が悪かったので、代打として担当は講釈師の孫娘、『多情剣客無情剣』の裏ヒロイン孫小紅です!」

龍小雲「はじめまして、興龍荘の龍小雲です。若輩ですが、がんばります」

阿 飛「・・・阿飛だ。『多情剣客無情剣』の裏主人公やってます」

孫小紅「それでは、元気良く行ってみよー!」

 

== アーサー王伝説に見る不倫 ==
孫小紅「今回のテーマは宮廷風恋愛! ところで小雲は『アーサー王伝説』を読んだことがあるかな?」

龍小雲「ううん、僕、聞いたこともないよ!」

孫小紅「でも、説明すると長くなるから省略ね。とにかく、このアーサー王伝説を読んでいると、むやみやたらと不倫してる騎士が多いのよ。むしろ、人妻以外は恋愛対象でない感じね。ま、そこまで極端なのはフランス系ので、イギリス系とかイタリアの騎士道物語の人妻比率は低いんだけども」

阿 飛「不倫なんか、男のすることじゃねぇ!」

孫小紅「ちなみに、『円卓の騎士』で最強設定のランスロットっての、なんと主君であるアーサー王の妻と不倫関係にあるのよね。ちなみに、アーサー王とランスロットは親友でもあります」

阿 飛「友達の嫁を、だと…。そんな奴は最低の男、いや男ですらねぇ」

龍小雲「(ボソッ)m9(^Д^)プギャー じゃぁ李尋歡も最低の男なんだな」

阿 飛「あぁ、あの人を悪く言ったら殺すぞ!」

龍小雲「うわぁ、お姉ちゃん助けて、怖いよう」

孫小紅「こら、だめでしょ。とにかく、むこうのは不倫が多いわ。マロリーの『アーサー王の死』などを読んで見れば分かるんだけど、最強のランスロットは主君の妻と肉体関係ありの不倫。第2位のトリスタンもやっぱり叔父の妻と不倫。第3位のラモラックは不倫でないけど、自分の母親くらいの年齢の未亡人と恋愛関係にあるわ。どいつもコイツもド外道で、ランスロットなんかは不倫の証拠を掴んだ仲間を皆殺しにしたしてるわ」

阿 飛「…そん奴ら、江湖じゃ間違いなく笑い者だ。たぶん、やられ役の間違いじゃないのか?」

孫小紅「ううん、確かにこの通りよ。ちなみに、トリスタンが人妻との関係を清算して、白い手のイゾルテって女性と結婚した時、ランスロットは"あの恥知らずが!自分の愛する貴婦人を裏切るとは!"とか言うの。ここの管理人は笑いをこらえるのに苦労したらしいわよ」

龍小雲「でも、どうしてそんな英雄好漢とも思えないのが活躍しているの? あ、分かった!『金瓶梅』の西門慶みたいに、不倫野郎は最終回で惨たらしく死んで観客をスッキリさせるんだね!」

孫小紅「いいえ、むしろ無残に死ぬのは寝取られたアーサー王だったり、弟思いのガウェインだったりするわ」

阿 飛「天道、是か非か…。なんでそんなのが人気があるんだ?」

孫小紅「これには、金庸『我々東洋人の義侠の感性からすれば、ランスロットは自害するしか結末はないだろう』と言っているわね。ぶっちゃけ、宮廷風恋愛って文化がない私達にはにわかには理解しがたいわね」

 

== 宮廷風恋愛って? ==
孫小紅「宮廷風恋愛ってのは、まぁ中世の流行ね。人妻との恋愛が至上とされたわ。世間的に、男は人妻と恋愛するのが是とされていたの」

阿 飛「マジでか…?」

孫小紅「マジで、よ。この宮廷風恋愛っていう言葉自体、19世紀のフランス文学者・ガストン・パリスが提唱した概念なんだけれども、要約すると、@不倫最高、A男は女性に隷属しなければならない、って言ったところね。」

龍小雲「ええっ、不倫最低の間違いじゃないの? それに、英雄好漢が女の人にいいようにあしらわれるなんて格好悪いよ!」

孫小紅「だめ、隷属よ。たとえば、『ガレスとリネット』でガレス卿なんか、旅の途中、どれだけリネットに罵られても従い続けていたでしょう。あのくらいの精神力がなきゃダメなのよ」

阿 飛「その隷属はいいとしてよ、不倫はだめだろう。人倫に反するから不倫って言うんだぜ」

孫小紅「えっと、阿飛。身の丈8尺で筋骨隆々の大男と、私みたいなか弱い女の子。勝負して勝ちたいと思うのはどっち?」

阿 飛「考えるまでもねぇ。お前なんかに勝ってもなんの自慢にもなりゃしねぇからな。」

孫小紅「じゃ、小雲。ここに素手で犬を殺したことのある人と、やっぱり素手で虎を殺したことのある人がいるとします。豪傑と言えるのはどっち?」

龍小雲「そりゃ、もちろん虎を殺せる方だよ」

孫小紅「ね、こんな感じに恋愛関係についてだと、どうなるかしら?」

阿 飛「綺麗な女を恋人にする方が、不細工を恋人にするより優れてる」

孫小紅「阿飛…。最低ね」

龍小雲「えっと、西洋人の価値観で、難しいのだと…。身分の高い女性を妻にする方が優れている、とか?」

孫小紅「うん、高貴な女性との恋愛ももちろん正解。でも、私が求めていた答えは、答えは"満たされぬ愛の方が、満たされている愛より優れている"、よ。ここまで、理解できるかしら?」

阿 飛「うん、男なら困難を目指せっていうあたりまではな」

孫小紅「そういうこと。じゃ、人妻はどうかしら? 絶対に満たされないし、恋人にするには最も困難な相手ね。逆に、人妻の心を手に入れるのは、独身の乙女の心を手に入れるよりずっと難しいから、尊敬されてしかるべきね」

阿 飛「はぁ、なんでそうなるんだ? その理屈はおかしいだろ」

孫小紅「まぁ、ここは管理人の解釈も入ってるけれどね。三段論法的に言えば、@男なら困難に挑戦しなければならない、A人妻と恋をするのは最も困難なことだ、Bゆえに男は人妻に恋をしなければならない。」

阿 飛「ふん、人妻と寝るなんてゲスのすることだ。変な理屈を付ける必要はねえ」

孫小紅「確かにその通りね。ただ、人妻との恋愛と言っても肉体関係はだめよ。あくまで、"精神的な恋愛の方が肉体的な愛より優れている"ってテーゼもあるし、“肉体関係があると満たされぬ愛”に該当しなくなるから論外なのだけども。この点、ランスロットは恋をするには最も困難である王妃の心を手に入れたあたり騎士道を体現しているけれど、エッチしてるあたりは外道ね。そのせいで聖杯にはたどりつけないのだわ。」

龍小雲「人妻と恋をしてもいい、だけど肉体関係はダメってこと?」

孫小紅「その通り。宗教上の理由で肉体的快楽は下賎なものになっているから、向こうではやたらと童貞がもてはやされたりするわ。たとえば、『パルチヴァール』で主人公のパルチヴァールが結婚しながらも初夜は添い寝するだけだったりするわ。こういうのがもてややされたのね」

龍小雲「へぇ、確かにそれはなかなかできることじゃないね。でも、ボクはもっと凄い人を知ってるよ! その人は恋人と2年以上も同棲したくせに、童貞を…。」

阿 飛「黙れ!マジで殺す」

 

== まとめ ==
孫小紅「ま、それはそうとして、騎士道ロマンスの読者がほとんど女性だった、というのも原因かもね。『荷馬車の騎士ランスロット』はマリー・ド・シャンパーニュのために書かれた物語だし。えっとね、当時の女性は早婚だし、人妻としてはやっぱりヒロインが自分と同じ人妻が愛を騎士さまに愛されるシーンに感情移入もできるってものよ。」

龍小雲「講談だと、三国志で張飛が汚職管理をボコボコにしたり、水滸伝で李逵が役人一家を皆殺しにするシーンで拍手喝采になるようなものだね」

阿 飛「しかし、人妻はだめだろ…」

孫小紅「うん、でも気持も分からなくないわね。」

阿 飛「マジで?」

孫小紅「私達の登場する『多情剣客無情剣』だってそうじゃない? あの物語は武術の達人・小李探花の李尋歡が報われぬ人妻への思いを抱えながら、不器用に、けなげにそして見返りを求めず戦うからカッコいいし、憧れるんじゃない。私だってさ…」

阿 飛「ふん、分かってるじゃねぇか。」

龍小雲「…(ボソッ)外野は美談ですむのかもしれないけど、ウチは大変だったんだぜ。」

孫小紅「この辺、人妻への思いを心にしまい続けてた李尋歡はランスロットとは比べ物にならないわね。管理人は他にも、『ガングレイヴ』のブランドン・ヒートが元恋人の娘を守るため戦うあたり今でも泣ける、って言ってたわ。」

阿 飛「つまり、人妻への愛もやり方次第ってわけか。」

龍小雲「とりあえず、李尋歡の人妻への姿勢は『多情剣客無情剣』を読んでください。絶版中なので図書館で借りるといいです。でも、復刊ドットコムで投票してくださると、管理人は大喜びします。

孫小紅「まとめとしてはそんなもんね。宣伝を忘れないあたりは基本だわ。今回の講義では、ヨアヒム・ブムケの『中世の騎士文化』(白水社、1995年出版)を参考にさせて貰ったわ。それでは今日はここまで、再見!」


2009/6/4

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