アーサー王とアングロサクソン

== 序幕 ==

黄蓉「おひさしぶり!教師役の黄蓉です! 『射雕英雄伝』のヒロインです、買ってね!」

郭靖「郭靖です、ところで阿蓉、こないだアーサー王はブリタニアの岳飛だ、民族英雄だって言ったよな。」

黄蓉「うん、そうだけど?」

郭靖「なんでも、アーサー王が戦った相手って、アングロ・サクソン人だっていうじゃないか。今のイギリス人ってたいていはアングロ・サクソン人だろう? なんでアーサー王はイギリスの英雄なんだ、おかしくないか?

黄蓉「あら、靖さんにしては鋭いわね。じゃ、今回のテーマはそれで行きましょうか」

 

== アーサー王とイギリス王室 ==
黄蓉「こないだも解説したけど、アーサー王はブリテンの危機に現れた英雄よ。ただ、ブリテンの民族ってのは、そんなに簡単なものじゃないの」

郭靖「簡単じゃない?どういうこと?」

黄蓉「まず、イギリスの民族の種類から説明しなきゃいけないわね」

郭靖「えぇ! イギリスにいるのは全部イギリス民族じゃないのか?」

黄蓉「違うわよ、中国だって漢人の他、イ族とか契丹人とか色々いるでしょう? 現に靖さんの義兄弟のトゥルイなんてモンゴル人だし。そもそも単一民族国家なんて、この世に存在しないわ

郭靖「ごめん、ごめん。じゃ、どんな民族があるんだ」

黄蓉「一つ一つやると長くなるけど、まず、ケルト人がいたわ。それからローマ人によるケルト人の支配がしばらく続いて、アングロ・サクソン人の侵入…。アーサー王はケルト人だったらしいわね。ちなみに、ケルトっても、長い間ローマ人の支配が続いていたから、ローマ化したケルト人ってのが正確。このローマとの混血が進んだのをブリトン人っていうわ」

郭靖「江南とか、春秋戦国のころは蛮族だったけど、いつのまにか漢民族になったったみたいなものか?」

黄蓉「このページを読む日本人にどれだけ通じるか怪しいものがあるけど、そんな感じかしら?」

郭靖「で、アーサー王は先住民族ケルトの代表として、侵入者のアングロ・サクソンと戦った、と言うわけか」

黄蓉「うん、そうね。アーサー王のモデルになった人がいた時代は持ちこたえたらしいんだけど、アーサーが死んでから結局イングランドはアングロ・サンクソンが支配することになったわ。これが6世紀ごろ。」

郭靖「ふむ、その英雄がいなくなった途端転覆するなんて、本当に岳飛みたいだな。」

黄蓉「そうしてアングロサクソンがイングランドを支配した時、ケルト人は全滅したわけじゃないの。その一部はウェールズやら、スコットランド、ブルターニュに逃れたわ」

郭靖「すまんが、阿蓉。横文字の地名を言われても位置関係が分からない」

黄蓉「とりあえず、イングランドを離れて、一部はブリテン島の西とか北フランスに行ったと考えてくれればそんなものよ」

郭靖「故郷を追われてしまうなんて、なんだか身につまされるな…」

黄蓉「その間、ケルトには伝説が残ったのよ。アーサー王はまだ生きている。いつか帰ってきて、自分達を解放してくれるって。実際、アングロ・サクソンの支配も長く続かないわ。」

郭靖「俺達も、異民族を倒せるっていう伝説を信じて岳飛さまの兵法書を見つけるために大陸中を駆け回ったときのことを思い出すなぁ。そんな感じで、アーサー王が帰ってきたのか?」

黄蓉「いいえ、ノルマン人がやって来て、ブリテンを支配したの」

郭靖「え、また新しいのが出てきたな。ノルマン人って何?」

黄蓉「ノルマンディーに住んでいる人だと思えばそんなものよ。で、そのノルマンディーはブルターニュの近くにあるわね。って、ブルターニュって覚えているかしら?」

郭靖「国を追われたケルト人が逃げ込んだところだったけ? もしかして、ノルマンディーもケルト人に関係があるのか?」

黄蓉「その通り! 実際に、ノルマンディー公ウィリアムって人がイングランド征服した時、”俺はケルトの血を引くアーサー王の末裔だ!”とか主張したらしいわ」

郭靖「へぇ、最後にはケルト人が勝ったわけだな。正しいものが負けるはずはないのだ!」

黄蓉「いいえ、ほとんど根拠の薄いこじつけよ。一応、混血の結果、すこしくらいはケルトの血が流れていたかもしれないけどね。でも、これまでアングロ・サクソンに苦しい支配生活のところ、同胞がイングランドを支配してくれる、ってなるとケルト人思わず従ってしまう。支配政策はしやすくなったでしょうね。もともと、ケルト人の間には、いつかはアーサー王が助けに来る、って伝説があったから、ノルマン朝はアーサー王の子孫だって言いまくったのよ」

郭靖「つまり、支配する側にとって都合が良かった、ということか」

黄蓉「そうね。さらに、もともとイングランド王ってのは、ノルマンディー公を兼ねてたから、王ではあるけど形としてはフランスの臣下だったの。で、フランスのシャルルマーニュって偉大な王がいたのだけど、イングランドにはそんな偉大な王はいなかった。ここでも、アーサー王には政治的な価値があったのね。なにせ、このアーサー王(推定6世紀)はシャルルマーニュ(8世紀後半〜9世紀)より古い、つまり伝統があったの。しかも、アーサー王は資料が残ってないから捏造しほうだい。ローマ帝国を打ち負かしたとか、ワケの判らない伝説とかが付きまくって、はた目にはシャルルマーニュより偉大な王ね。ひいては、その王の血を引いているイングランド王家はフランスより偉い、ってことになるわ。続くノルマン人の王朝であるプランタジネット朝もアーサー王の子孫を公言していたし。さらにその次のチューダー朝はウェールズの血を引いていたけど、やっぱりアーサー王の子孫らしいわね」

郭靖「スマン、阿蓉。難しすぎて分からん…。」

黄蓉「とかく、”支配される側”の英雄が、“支配者の変更"によって“支配する側”の英雄にもなったってことよ。英雄、特に民族英雄ってのは場所によっては評価が全然違うからね。たとえば、靖さんの大好きな岳飛は日本じゃ全く評価されていないわ。ここの管理人も岳飛は嫌い、って言ってたし」

郭靖「そう、なのか?にわかには信じがたいな…」

 


== 民族英雄からの変化 ==

黄蓉「ちなみに、アーサー王は時代とともに民族英雄って色はだんだんと消えて行くわね。管理人はこの辺が流行った原因じゃないかとにらんでいるけど、『アーサー王の死』なんかだと、アーサー王がアングロ・サクソン人と戦った、という記述は一切ないわ。おそらくは世界で一番アーサー王を憎み、嫌う資格があるとしたらアングロ・サクソン人だしね。もし民族英雄ってところを強調しちゃうと、現地にたくさんいるアングロ・サクソン庶民がアーサー王を楽しめないから削除されたのかもしれない。でなきゃ、アーサー王伝説がフランスで発達した際、アーサー王の民族英雄的な活躍に興味がなかったフランス人が削ってしまったのかもしれないわね」

郭靖「ちょっと阿蓉! 異民族と戦って、民族を守ったからアーサー王は偉大なんじゃないか? それを削ってしまうなんて…」

黄蓉「しかたないわよ。民族英雄ってのは、その民族以外に取っては単なる大量殺人者だからね。ちなみに、立場変わって、かつての支配者アングロ・サクソン人はこの時期は"支配される側”になって、アングロサクソンの庶民層はノルマン王家の重税に苦しんでいたようね。『ロビン・フッド』とか『アイヴァンホー』とか読んでね、あたかもアングロ・サクソンこそ異民族の過酷な支配に苦しむ民族で、正義はアングロサクソンにあるかのように書かれているわ。

郭靖「…じゃあ、俺達はいったい何のために苦労してモンゴルと戦っているんだ? 別に、俺は南宋の皇帝なんて大嫌いだっていうのに。武芸なんてやらならなきゃ良かった。田舎に帰りたい…」

黄蓉「あぁ、靖さん、真面目に考えちゃダメよ! はい、とりあえず靖さんが意気消沈してしまったから、今回の授業はここまで! 次回は未定だけど、質問とかあったらそれに優先的に答えるからね、再見!」


2009/5/16

 

 

 

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