5章 届かぬ理想
ベイランはこれだけ忠告すると出発し、ベイリンは宮廷に残った。
3ヶ月が輝いている夜だった。
かつてベイリンはある召使を殴り倒すまで騎士の身分を持っていた。
だが、この召使を殴ったために、ベイリンは数年間の追放を受けてしまったのである。
いまのベイリンは、アーサー王が言っていた礼儀、男らしさ、騎士らしさというものを学習済みである。
これらを学ぶため、常にランスロットの周囲を付いて回ったのである。
ランスロットが軽く、その甘い笑みを浮かべたり、ちょっと喋ったりすればした一言が騎士、身分の卑しいもの、乙女をほほ笑ませ、幸せな気分になるのだった。
たとえその者が悲しんでいて、谷底のように暗い気分だったとしても、ランスロットによって絶頂の太陽、あるいは北極星の高さまで気分が高揚にするのである。
こういうわけだから、ランスロットは他の者と比較する事すらできないほどだった。
そのため、ベイリンはランスロットが自分より遥かに優れている事に驚愕するのだった。
ベイリンはうめき、時にはこうつぶやいたのだった。
「ああいうのは、血と伴に得られる才能で、学んだりするものじゃなくて神の贈り物なんだろう。
俺じゃ到達する事はできないんだ…。
うん、俺は結構頑張ったと思う。かつての過酷な戦争で腕を振るった。
そして自分を殺すようにして、敵を殺しまくって積み上げた死体の山を築きあげた。
他の奴らより、優れた戦果だ! だが、王妃への崇拝はランスロットには及ばない。
王妃様が与えている途方もない名誉、これこそが太陽の輝きのようだ。
この寵愛が男を成長させ、他のもの全てを凌ぐほどの名声を得られる。
そして陛下もこのことを過分に評価してくださるのだ。
できるなら、俺もランスロットみたいに王妃様を崇拝してみよう。
でも、ランスロットが王妃様に仕えるほどに、寵愛をえる事はできないだろう。
じゃあ、陛下に頼んで王妃様のおしるし(トークン)を身に付けさせてもらえるように頼んで見るかな。
それを眺めて王妃様のことを考えれば、俺の激情と暴力性を忘れ、新しい自分に生まれ変われるかもしれない。
あっ、もし王妃様が嫌がったらどうするんだよ!
いやいや、王妃様は気高くて優しいではないか。俺を暗黒の淵に叩きこむようなことはあるまい。
それに、王妃様は俺の帰還を優美に迎えてくれたんだし!
勇気をだせ、俺。
荒々しく歯を見せている獣の絵の変わりに、王妃様の素晴らしき紋章を盾に飾るんだ。」