謎の息子、ガングラン卿について

== ガングラン概説 ==
『アーサー王の死』によれば、ガウェインの息子は少なくとも3人。
19巻11章で、アリー卿が登場するシーンを引用してみます。

(原文) 「Then came in Sir Gawaine with his three sons, Sir Gingalin, Sir Florence, and Sir Lovel, these two were begotten upon Sir Brandiles' sister;(後略)」
 (和訳)「それから、ガウェイン卿が3人の息子とともにやってきた。息子の名は、ガングラン卿、フローレンス卿、ロヴェル卿。このうち、フローレンス卿とロヴェル卿の母親はブランディス卿の姉妹である(後略)」

以上のように、はっきりと「his three sons」と書いてあります。
ただ、他に隠し子がいる可能性もあるからとりあえず3人。
3人の息子の筆頭に出てくるガングラン卿は、私のサイトで訳した『リベアウス・デスコヌス』のことです。
解説はそちらのページでしてますが、御用とお急ぎでない方は、こちらもあわせて読んでいただけると嬉しいのです。


(※筑摩書房から出てる井村君江さんの訳だと、「Gingalin」を「キンガリン」と訳してるけど、私のサイトではフランス風にガングランで通します)

 

== ガングランと『アーサー王の死』 ==
で、そのガングランであるけれど、仔細に『アーサー王の死』を読んでいると、謎が出てきた。
『アーサー王の死』全体を通して彼の名前が直接出てくるのはわずかに6箇所のみです。
ネットで手に入るHTMLファイルに検索かけて機械的に調べたから、探しもらしはないはずです。
まず、9巻に4箇所、そして19巻に1箇所、20巻に1箇所です。
以下、順に該当箇所について見ていきます。


== 9巻のガングラン ==
9巻はトリスタンを主役とした物語を収録。おまけでラ・コート・マル・タイユの冒険なども収録しています。
さて、ガングランの名前がでるのはその9巻18章です。
場面は、トリストラムがイゾルテと不倫しようとするけど旦那に見つかりそうになって、慌てて逃げるシーン。

(原文)「And even at gate he met with Gingalin, Sir Gawaine's son. 」
「彼(トリストラム)は、城門でガウェイン卿の息子、ガングランに出会った」
とあります。

さて、さっそく登場したガングランは、トリストラムを勝負してあっさりと負けてしまいます。
で、マーク王に対して、「謎の騎士と戦って負けました」と報告をする。
ええ、もうただそれだけ。なんとなく登場したとしかいえない感じです。
特にすごい活躍とかはしません。


== 19巻のガングラン ==
19巻は、ランスロットが「荷馬車の冒険」をやる巻。で、最後の方に「この世で最も優れた騎士によってしか癒せない怪我」をしたアリー卿が登場します。
ここで、円卓の騎士たちがアリー卿に触れるのですが、ここでガングランが登場しました。
引用は、一番最初にした引用部分を参照してください。
次から次へと騎士が登場し、失敗していくというただそれだけのシーン。ここでも、モブキャラの1人としてガングランは登場します。
よくよむと、フローレンスとロヴェルの母親について言及されていますが、ガングランについてはそれがない。
どうも、母親が違うんじゃないのかな、という気がしますね。

ちなみに、『リベアウス・デスコヌス』の設定だと、ガングランの母親は妖精ということになってます。

 

== 20章のガングラン ==
さて、問題の20章です。この章では、ランスロットとグィネヴィアの不倫が発覚します。
ここでガウェイン卿やガレス卿らは、ランスロットの不倫を告発することを思いとどまるように言うのですが、アグラヴェインの扇動によって12人の騎士がランスロットの告発に参加するのです。

(原文)「Then Sir Agravaine and Sir Mordred gat to them twelve knights, and hid themself in a chamber in the Castle of Carlisle, and these were their names: Sir Colgrevance, Sir Mador de la Porte, Sir Gingaline, Sir Meliot de Logris, Sir Petipase of Winchelsea, Sir Galleron of Galway, Sir Melion of the Mountain, Sir Astamore, Sir Gromore Somir Joure, Sir Curselaine, Sir Florence, Sir Lovel.」
「アグラヴェイン卿とモードレッド卿は12人の騎士を仲間に入れた。そして、彼らはカーライル城の寝室に隠れた。この者たちの名は……(2人略)、ガングラン卿、……(8人略)、フローレンス卿、ロヴェル卿である」
(※注 その他の騎士の名は、発音に自信がないので省略。手元に筑摩の和訳もないし)

ここに、ガングランの名が出てきますが、これまで彼のつづりは「Gingalin」。上の引用部分と比べてみればわかるけれど、末尾に「e」がくっついて「Gingaline」ます。
「名前が似てるだけの別人か、こりゃ?」と思いましたが、たぶん、同一人物でしょう。英語版ウィキだと特に別人にしてなかったし、コピー機のない時代のこと、書き写す段階でこのくらいミスがあってもそんなものだし。

さて、ここからが謎。まず第一に、何ゆえ同じガウェイン卿の息子であるフローレンス卿やロヴェル卿と名前の挙げられる順がこんなに離れているんでしょう? 兄弟なんだし、くっつければいいのに。

さらに問題なのは、不倫現場を見られて逆ギレしたランスロットに殺されてしまったこと。
はたして、ガングラン卿はそんなに弱いのか?
このときランスロット卿は1人でロクな武器も持ってなかったのに、ガングラン側は12人もいたのだ。
他の騎士はことごとく無名だけど、少なくとも『リベアウス・デスコヌス』で活躍したガングランとは思えない。
語尾に「e」がついてつづり違うから別人では、とすら思った。

最後の謎は、アーサー王がガングランのことを無視するような台詞を言っていること。場面は、ランスロットに復讐をしない、というガウェインに対し、本当にそれでいいのか、とアーサー王が確認を求めます。

(原文)「(前略)and also, Sir Gawaine, remember you he slew two sons of yours, Sir Florence and Sir Lovel」
「ガウェイン卿よ、覚えているだろう。彼(ランスロット)はお前の2人の息子、フローレンス卿とロヴェル卿を殺したのだぞ」

あれ、ガングランは?
アーサー王は、しっかりと「2人の息子」と言っています。その息子は「フローレンスとロヴェル」と明言。
どうにも、ガングランのことを勘定に入れている様子は一切ないです。
まさか、アーサー王はガングランの存在を知らなかったのか?

== 日本語訳版 ==
さて、以上は原文を見てきたけれど、筑摩から出てる完訳版はどうでしょう?
19章でガングランをガウェインの息子としているけれど、20章。12人の騎士の場面で、フローレンス卿とロヴェルについて「ガウェインの息子の」としてます。
アーサー王とガウェインの会話シーンでもそう。さらに和訳のときについかしたのか、ガウェインが「2人の息子が〜」と言ってた。

== ガングランまとめ ==
もっと言えば、何ゆえガングランを主人公とした物語が『アーサー王の死』に収録されていないのか?
ガングランの物語は、すくなくとも13世紀にはあったらしい。『アーサー王の死』は15世紀のものだから、収録できなかったはずはないのだ。
もちろん、容量の問題もあるし、彼の冒険は大部分が叔父であるガレスの冒険と重なる。
似たようなのを入れるのを避けたんだろうか?
実は、ガレスの物語は、『アーサー王の死』より先に起源を遡れないらしい。ソースはウィキペディアの英語版なんでいまいち信用性がないけれど。
まさか、ガングランの位置にガレスが取って代わった、とかないのかね?
あんま下手なことを言うと怖いんだけど、ふとそんなことを思った。
ま、ガウェイン関係の物語、『ガウェイン卿の結婚』『ガウェイン卿と緑の騎士』などですら『アーサー王の死』に収録されていないんだ。
ガングランが収録されていなかったとしても、そんなものなのかもしれない。

〜〜私とは参考にした本自体が違う可能性もあるけれど、ガングランって一体……?
推測できる方、メールとかください。


2010/07/03


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