第7章 ガウェインが恋を応援すること

 

赤い要塞での戦いのあと、ガウェインとハイタカを逃がした乙女が旅をしていると、ある1人の騎士に出会った。
この騎士は、エスピノール・ド・ヴィ。この後、ガウェインの冒険で結構重要な活躍をすることになる。

さて、親しくなった2人であるが、まずは自己紹介などしなければならない。
そうは言っても、ガウェインは自分の名前を明かさない誓いをしている。
とりあえず、エスピノールの方からしゃべることになった。

「私はエスピノール・ド・ヴィ。
いま、ちょっと悩みごとがありまして」

「悩みですか。せっかく知り合ったのですから、力になりますよ」
と、ガウェイン。

「いえいえ、それには及びませんよ。
いま、私に惚れている乙女がいるのですがね。
もしガウェイン卿が保証人になるのなら、恋人にしてやろう、と約束をしたのです。
ですが、ガウェイン卿は先日亡くなったというから、誓いから解放されたと言うわけで。
これで、私も彼女を捨てて新しい恋人を作ることができると言うものです」

「…卿はずいぶんと不誠実な男だな。
捨ておくことはできない、私と決闘をしろ!」
激怒したガウェインは言った。

たちまち、ガウェインとエスピノールは戦い始めるが、そのへんのモブキャラがガウェインに勝てるはずもない。
たちまち、エスピノールを打ち負かしたガウェインは、

「私に負けたのだから、卿は私の言う事を聞くのだ。
まず、卿は今の恋人以外に新しい恋人を作ってはならない」

「そんな御無体な。
保証人になるべきガウェイン卿が死んでしまった以上、私は誰とも恋人になれないじゃないですか」

「大丈夫、ガウェイン卿が死んだというのは悪質なデマだ。
卿は何の心配もすることはない」

と言うと、ガウェインとハイタカを逃がした乙女は、エスピノール卿を引きずるようにして恋人の城に連行し、仲を取り持った。

さて、その城で体を回復させたガウェインは、ハイタカを逃がした乙女にくわえ、エスピノールをもお供に連れて旅をすすめる。

そうして3人が旅をしていると、今度はカドレーという青年と出会った。
このカドレーはある男爵の令嬢に恋をしているのであったが、彼女の母親は娘をもっと財産をと身分のある男と結婚させたいと考えている。
なんとか駆け落ちしたいとも考えているのであるが、20人もの騎士が彼女のそばにいるので、犬死するのがオチである。

「なるほど、事情は分かりました。私にできることなら、お手伝いをさせてください」と、カドレーの話を聞いたガウェインは言った。
同行している以上、エスピノールもまたガウェインと運命共同体、いっしょにお手伝いをすることになった。

と、カドレーと話をしていると、ハイタカを逃がした乙女が空腹を訴えた。
「ところで、私は随分とお腹が減ってしまいました。
なにか食事を取りたいのですが…」

乙女の保護者として、ガウェインには彼女を飢えさせない義務がある。
幸い、近くに乙女の知っている城があるというので、4人は食料調達のためにその城に向かった。

城にたどり着くと、まずガウェインだけが中に入る。
ちょうど食事時だったのか、1人の乙女がテーブルにご馳走を並べている。

「もし、お嬢さん。私に食べ物を分けていただけませんか?」
と、ガウェインは丁寧にお願いをする。

「これは、これから帰ってくる7人の兄たちのために用意したものです。
貴方に差し上げるものはなにもありません」
乙女は傲慢に拒否した。

――管理人はずっと思っていたが、こやつらは食べ物だとかを金銭で買取る、という発想がないのだろうか。
これまで人の城に泊めてもらったり、食事をさせてもらう描写はあるが、それに対価を払っている描写が全くない。
今回のガウェインにしても、口調こそ丁寧であるが、具体的になにかお礼をするとか言っていない。要は「タダメシを食わせろ」、と言っているわけだから相手が断るのは自由、というかむしろ当然だと思うんだ。

さて、乙女の拒否にあったがガウェインであるが、子どもの使いではないのだから、手ぶらで帰るわけには行かない。

「だんな、だんな」と、ドワーフがガウェインに話しかける。
「手を伸ばせば盗れるんだ。こっそり持っていけばいいじゃないですか」

「それも、そうだね」

現代の価値観ではどうにも窃盗、下手をしたら強盗でしかないのであるが、中世の価値観では断った相手が悪いのか、それは分からないが、ガウェインは乙女の同意を得ることなく、いくらかの食べ物を無断で持ち去った。

しかし、ガウェインが持ち帰った食料に対して、ハイタカを逃がした乙女は不満げである。
「騎士さまが持ってきたのは、食べ物だけじゃないですか。
喉の渇きが言えるまで、私はここを動きたくはありません
何か、飲み物も持ってきてください」

「…それも、そうだね」

ハイタカを逃がした乙女に逆らわず、ガウェインはまたも城に入る。
また来たか、と乙女は抵抗するものの、ガウェインは乙女からワインを奪っていくのだった…。
いやもう、客観的にこのシーンだけとりだすと、とても主人公のする行動ではないな。

そんなこんなで城を出発したガウェインたちであるが、腕にハイタカをとめている騎士に出会った。
この騎士こそ、馬とハイタカを交換してくれたラギデル・ド・ランガルドである。

「おいおい、いつぞやの名無しの騎士ではないか」 ラギデルはガウェインを見つけると話しかけてきた。
「あの城の乙女は私の恋人だ。寄って行かないか?」

(こりゃ、まずいことをしたかなぁ)
そう思いながらガウェインたちはラギデル卿と一緒に、さっきの城に戻る。

当然のように、城の乙女は激怒してガウェインを罵った。
だが、ガウェイン側には彼女の恋人のラギデル・ド・ランガルドがいる。
ラギデルの取りなしと、ガウェインの謝罪によって、ようやくガウェインは許しを得ることができたのであった。

――このエピソードはなんのためにあったんだ、という感じのエピソードであるが、全く意味のないものではない。
この乙女の兄に「赤のコドロヴァン」という名であった。
ガウェインがよく見てみれば、このコドロヴァンの乗っている馬は、まさに愛馬グリンガレットとではないか!

ガウェインは瞬時に理解した。
このコドロヴァンこそが、ハイタカを逃がした乙女の恋人であり、グリンガレットを盗み出した奴であることを。

――目的地も手がかりもなにもなく、適当に旅をしているようにしか見えないが、物語と言うのはうまくできているものである…。
いや、よくよく考えれば、この城に行こうと言い出したのはハイタカを逃がした乙女である。恋人の素性を知らなかった、ということはあるまい。いやむしろ、その程度の事情を聴こうともしなかった、という方が常識に反する。


さて、ここで会ったが100年目、とガウェインはコドロヴァンと決闘に及んだ。
コドロヴァンの槍が先にあたったにも関わらず、落馬をしたのはコドロヴァンの方であった。
ガウェインの圧勝である。
ハイタカを逃がした乙女が助けに入らなければ、コドロヴァンが起き上がるまでの時間に、ガウェインはコドロヴァンの首を切り飛ばすこともできただろう。

「あのとき、私はハイタカを捕まえようとして鎧を脱いだだけだ。
卿の恋人は神にかけて潔白だから、和解をするんだ。
そうでなければ、命の保証はしない」

ガウェインの申し出に対し、コドロヴァンに異議があろうはずがない。
条件を受け入れて降伏をした。
さらに、奪ったままだったグリンガレットをガウェインに返還する。
ついで、コドロヴァンは妹とラギデル・ド・ランガルドの婚約を承諾したのである。

この後、コドロヴァン以外の兄弟がやってきたものの、和解の済んだ後である。
コドロヴァンはガウェインたちを兄弟に紹介し、彼と友人になったことを告げた。

これで、ハイタカを逃がした乙女の話は解決したが、カドレットの恋人の件が未解決である。
この話を聞いたコドロヴァンたちは、ガウェインたちに協力を申し出た。
これで、ガウェイン・エスピノール・カドレットの3人で20人の護衛と戦わなければならない状況が、コドロヴァンの兄弟たちを入れて10対20くらいになったわけである。
戦力差が2倍の状況ながら、奇襲戦法もまじえてガウェイン組みが勝利し、カドレットの恋人を連れだすことに成功した。
――現代人の目から見れば、恋人とやらは親元にいるわけでから立派な誘拐罪…、と思うが気にしてはならないだろう。
どうも、この物語のガウェイン卿というのは、あんまり道徳的ではない気がするのです。言動不一致の不倫の騎士よりはマシとはいえ、当時の道徳というものが分からない。

戦い終わって、コドロヴァンたちはガウェインとエスピノールを城に招待した。

「名も知らない騎士よ、私たちの城に来てくださいませんか?
歓迎しますよ」

「気持は嬉しいけれど、私は先を急ぐのだ」
と、ガウェインは答えた。
未だ名を明らかにしてはいないものの、
「ただ、ガウェインの体をバラバラに切り裂いた騎士とやらの噂を聞いたら、私に教えて欲しい。
私は、そいつを探しているんだ。これが解決したら、また寄らせてもらうよ」

こう言って、ガウェインとエスピノールは、コドロヴァンと別れ、旅を続けるのであった。

2010/05/23

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